KICK THE CAN CREWについて
KICK THE CAN CREWは、日本のヒップホップグループである。3MC。
通称「キック」、雑誌等では頭文字をとって「KTCC」とも表記される。
グループ名を直訳すると「缶を蹴る奴ら」。
その由来は、それぞれ活動していた3人が初めてコラボレートした楽曲「カンケリ」から来ている。
RHYMESTER等が在籍するコミュニティFUNKY GRAMMAR UNITや神輿ロッカーズの一員でもある。
BY PHAR THE DOPESTのKREVA、RADICAL FREAKSのMCU、DJ SHUHOとソロ活動をしていたLITTLEとそれぞれバラバラに活動していた3人が初めて共演した曲「カンケリ」(コンピレーション『THE BEST OF JAPANESE HIPHOP vol.7』に収録)をきっかけに意気投合しグループを結成。
ユニット名はその曲名からKICK THE CAN CREW(=缶蹴る奴ら)と名づけられた。その後もインディーズでリリースを重ねていった。
当時から個々の活動も行っており、KREVAはBY PHAR THE DOPESTとしての活動の他にソロMCとしてB-boy ParkのMC battleに於いて3連覇(1999 - 2001)を達成していた。
MCUはRADICAL FREAKSの他にアルファらと共に東京U家族で活動(後にMCUが結婚したと同時に解散)。LITTLEは3人の内でも早くからソロアルバムをリリースしていた。
2001年、シングル「スーパーオリジナル」でメジャーデビュー。その後、山下達郎の「クリスマス・イブ」をサンプリングした「クリスマス・イブRap」、2002年に「マルシェ」をリリースし、その年の紅白歌合戦に初出場している。
2002年10月、ヒップホップグループのキングギドラがリリースしたアルバム『最終兵器』内の楽曲「公開処刑 feat. BOY-KEN」でK DUB SHINEにDISされる(後の2004年8月、「blast」誌上のK DUB SHINEのインタビューでもう批判はしないといった意の発言をしている)。
しかし、名指しでDISされた訳ではなく、K DUB SHINE側も同じ音楽をするプロのアーティスト同士で音楽性を指摘したとの見解を捉える声が多く、プライベートでは、同じヒップホップというジャンルの中で音楽を行うラッパーを集め、飲み会等開いて共に同席しているとの話はよく聞かれるといった話でもある。
私は、2002年のROCK IN JAPANでKICK THE CAN CREWを初めて観た。
ヒップホップのドンって感じでカッコよかった。
以降フェスでよく目撃したのであった。
2003年の「性コンティニュー」から2004年のアルバム『GOOD MUSIC』までシングル5枚・ベストアルバム1枚・アルバム1枚の計7枚連続リリースを行う。
また、この年には台湾親善大使に任命されての台湾ライヴ敢行や「The Source Awards」に日本人初のノミネートと海外でも活動を行った。
2004年3月に活動休止を発表する。
そして、6月のライブ「KICK THE CAN CREW LIVE 旅人〜STEP IN THE DAY〜」をもって活動を一旦休止する。
2008年5月、LITTLEの自らの誕生日とデビュー10周年記念を兼ねたライブの際にサプライズでKREVAとMCUが花束を持って登場し、活動休止以来となるステージ上での3ショットが実現し、8月には茨城県の国営ひたち海浜公園で開催された野外イベント「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2008」でKREVAがLITTLEとMCUを呼び、4年振りに「イツナロウバ」「アンバランス」の2曲を披露する。
2009年8月、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2009」では3人ともそれぞれソロとして出演し去年と同じくKREVAのステージにて復活を果たし観客をわかした。
なお披露した曲は「アンバランス」である。
2010年8月、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2010」においても同日にそれぞれソロで出演し、ファンの期待に答えるように三度一夜限りの復活をとげ代表曲「マルシェ」を披露している。
なおこの日MCUはSeaside Stageのトリを飾っている。
2011年、MCUとLITTLEによる「UL」が結成。
8月に行われた「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2011」にて「イツナロウバ」を披露する。
また、日本テレビ系列の音楽番組「MUSIC LOVERS」にてゲストのKREVAがパフォーマンスゲストとしてLITTLEとMCUを招き、実に約8年ぶりのテレビ共演となった。
楽曲は「挑め Remix」。
2012年8月に、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2012」にて「イツナロウバ」を披露。
2014年3月、KREVAプロデュースによるULのデビューアルバム「ULTRAPS」がリリース。
8月に行われた「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014」 にて約10年ぶりにKICK THE CAN CREWが復活。
一番規模の大きいGRASS STAGEにてトリを飾る事となる。
以降新曲等のリリースはないもののKREVAのイベント「908 FESTIVAL」などに3人が出演するなど競演が目立っていた。
2017年6月18日、デビュー20周年を機に本格的な再始動発表と共に新楽曲「千%」を公開、併せて実に14年ぶりとなるニューアルバム『KICK!』の発売、重ねて日本武道館での「復活祭」、13年ぶりの全国ツアーも開催した。
2018年8月29日、岡村靖幸とコラボした約15年ぶりのニュー・シングル『住所 feat. 岡村靖幸』をリリース。
2022年2月2日、新曲「Boots」を配信リリース。また同年3月に4年7カ月ぶりとなる5枚目のアルバム『THE CAN』の発売を発表した。
MC3人の三者三様のパフォーマンスを「キャラ立ち3本マイク」と呼び、身長が3人バラバラの為、大→KREVA、中→MCU、小→LITTLEの「大中小」と呼ばれる事が多い。
本人達からこの呼び方は発信されている。
中のMCUであっても身長170ないため(165程)全体身長は皆大きくはない。
デビュー曲「カンケリ」という楽曲は、通なリスナーにとっては「韻を踏む」という事がまだ日本で完結されていない時代の中では非常に完成度の高い韻を踏んだ楽曲である、と呼ばれたりする。KICK THE CAN CREWに関しては、「韻を踏まない箇所が一箇所もない」ままで楽曲アルバムを全て完成させる。
リーダーはLITTLEであって、当時フジテレビ系列の番組「HEY!HEY!HEY!」に出演した際、トークにて、印税が入ってこない。
その件に関して電話をしても事務所が電話にでない、とダウンタウンに話していて、浜田から「それはリーダーなんやからちゃんと電話せんといかんのちゃうの?」とLITTLEは言われている。
また、過去DJ SHUHOがメンバーには入れないのは、遅刻のせいだとメンバーに言われていた。
特にLITTLEの押韻に関しては、洋楽ヒップホップにもないジャパニーズヒップホップとして新しいものを生み出したと評価する音楽評論家もいると言われている。
キングギドラの押韻に憧れたKICK THE CAN CREW、特にLITTLEがその押韻を突き詰めた結果生まれた新しい音楽だと評価される事もある。 更に、インディーズ時代のアルバムにある楽曲を名曲と称する人も多い(「ユートピア」等)。楽曲「LIFELINE」の中のKREVAの歌詞で「一生懸命を恥ずかしがるな」という歌詞が多くの人の心をうった。
楽曲のトラックは、結成当初からKREVA1人の手で作られていたが、シングル「sayonara sayonara」収録の「キックOFF」でDJ TATSUTAとトラックを共作し、以降、アルバム『magic number』には2曲、2003年8月からの7枚連続リリースでは、半分近くを2人(「顔PASSブラザーズ」名義)でプロデュースしている。
今夜はあなたもKICK THE CAN CREWで踊りませんか。