【誘眠朗読台本】「旅の少年」

これは、昔・・・
まだ、私達が生まれるずーっとずっと前の話。

小さな村に住む一人の少年が、旅に出た。
少年とはいえ、親元を離れるのには充分な歳だ。

まず向かったのは隣の村。
そこもまた小さな村ではあったが、少年が住んでいた村よりは大きかった。
数日の間、村の人の手伝い等をしながら寝泊まりをして、
少年は再び旅に戻った。

更に遠くへ、遠くへと歩いていくと、少年は
深い森に入っていた。
見渡す限り草木が生い茂り、
見上げても空は木の葉が大きく覆っていて見えない。
そよぐ風に揺れこすれ合う葉の音が、心地よいものだった。

少年は、この深い森がどこまで続くのだろうかと心を踊らせた。
先へ先へと足を進めていくうちに、美しい湖に着いた。
動物たちが水を飲んでいる姿も在ったので、
飲用の可能な水なのだろうと判断ができた。少ないが、魚も泳いでいる。
その湖のほとりで少々休憩することにした。

大樹にもたれかかり地面に座った。そよぐ風が程よく身体を撫でる。
大自然の中だというのに、不思議と安心感があった。
そうしているといつの間にか、少年は眠ってしまっていた。
旅の疲れが出たのだろう。目が冷めたのは翌日の早朝だった。

うーんと唸りながら身体を伸ばす。
腕を目一杯伸ばしても、
大樹に生える一番低い枝にすら届きそうになかった。
少年の背が小さいわけではない。大樹があまりにも大きいのだ。

湖の水を両手ですくい上げて飲んだ後、
空っぽになっていた水筒にも少々恵みを頂いた。

村で入手した食料があるとはいえ、
ずっと森の中に居たのではそれも尽きてしまうのは目に見えている。
まだまだ森は続くが、森を抜けた先には街があるのだというのを村の住民から教わっていた。
少年は、来た方角に背を向け更に進んで歩いて行った。

しばらく歩くと、いよいよ森を抜けた。
あれから数日経っていて、食料も尽きようとしていたが、
森を抜けたことによって少年は安心して更に足を進める。

森を抜けたといっても、まだ街が見えたわけではない。
しかし、よく見てみると高く生えている草たちの中に、
人が幾度となく往復を重ねたことによって作られた道が存在した。
その道はどこかへとまっすぐ伸びているようだった。
少年はそれを辿っていくことにした。

日の暮れが近くなった頃、
少年は人工的に作られたというのがハッキリと分かる、
石の敷かれた道に出た。
道の先には、少々遠くて霞んではいるものの、
建物が見える。あれが、村の人が言っていた街なのだろう。
少年はそう確信した。

まだ、もう少し歩く必要がありそうだ。
少年の旅は続く。
向こうに見えている街に到着した後も、
また少年はその街から再び旅立つだろう。

少年の歩みは止まらない。
旅というのはそういうものだ。
次へ、また次へと進んでいく。

いつしか少年は、少年とは呼べなくなっていた。
それでも旅は続いている。心はいつまでも少年のままだ。
少年の生まれ育った村では、
少年についての噂話があったとか、なかったとか。

少年は旅で多くの物や人を知った。
村に住んでいただけでは知ることはなかったようなことも含め、
様々なことを知った。そう、知りすぎたのだ。

少年は自らの最後を悟った。
それでも旅を続けた。
今度は、来た道を辿るように歩みを進めて行く。
しかし少年は、生まれ住んだ村には戻らなかった。

かつて知った、深い森の中にある湖のほとりで少年は、
大樹に身を寄せて眠っていた。
その後の少年の姿を知るのは、森の木々たちだけになった。
幸せそうに眠る少年をことを、
誰にも邪魔させまいと、草木が隠すように覆っていた。

きっと少年は、夢の中でも旅を続けている。
新しい出会いは無く、思い出の中での旅。

天に昇ったとは言うまい。
次なる旅に出ただけとでも言おうか。

長い長い、少年の旅は続く。いつまでも。

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