上野・ホリディ・ドンタコス
「上野前夜祭」明けの日曜日。強烈な二日酔いに侵されながら、上野をぶらつく。まずは、やきとん。ここぞとばかりに空元気を唸り上げ、生を注文する。
黒ハチマキの親父が目の前にジョッキを置く。泡の比率は七対三。ベストコンディションビールが目の前に鎮座した。まだ昼の十二時を回ったばかりなのに、周りは二日酔い必至の酔っぱらいの声が響き渡る。酔っぱらいに負けじと声を張り上げる店員。すべてがすべて、二日酔いの悪化を招くような空間でジョッキを持つ。
アルコールの離脱症状により、手が震える。心なしか、歯がカチカチとなっている気もする。ともに、「上野前夜祭」を繰り広げた友人、前原君を見る。彼は上野駅で合流してから、一言も発していない。お互い、限界を感じていた。
「じゃあ……。乾杯する?」
日曜日の真昼間にしては弱弱しすぎる声が出る。前原君はまたしても、無言のまま頷くと、ジョッキを持った。全身が痙攣している。前原君は不敵な笑みを浮かべながら、ジョッキに鼻を近づける。やめろ、それはやるな。生きて戻れなくなる。
前原君の全身が震える。ガチガチと上下の歯が当たる音が鳴る。両隣の客が不審そうな顔をして、彼を見る。真っ青な顔をしながら震える前原君は、唐突に笑い始めると、ジョッキを俺に差し出した。
「乾杯しようじゃないか」
もう、こいつは俺の知っている前原君じゃない。ここで、逆らうとどんな目に合うのかわからない。止まらない悪寒とともに、差し出されたのジョッキに自分のジョッキを軽く当てる。
ゴクゴクゴクゴク……ゴブッ!ゴフゴフゴフゴフ
前原君は目を血走らせて、ジョッキを一気に空にした。
「どうした~?のまないのかあ~?」
時折、白目を向きながら前原君はへらへらと笑った。大丈夫か?本当に。言われるがまま、ちびちびとビールを飲む。そうだ。何か頼もう。思い出してみれば、起きてから何も食べていない。これでは、確実に死ぬ。
「すみませえん!」
できる限りの大声で店員を呼ぶ。
「はい!おまちどう!」
バカ元気な店員が笑顔を張り付けてこちらにやってくる。
「枝豆と水二つと冷ややっこください……。前原君はどうする?」
頼むものを聞こうと前原君を見ると、彼はうつろな表情でテーブルをひっかいていた。もうヤダ。こっちが泣きそうになる。よく見るとぶつぶつと小声でつぶやいている。耳を近づけると、「びぃル……びぃル……びぃる……」とつぶやいていた。
「ごめんなさい。以上でお願いします」
廃人と化した前原君を目の前に注文を待つ。
「昨日は楽しかったな」
残り少なくなっているであろう、前原君の理性に話しかける。
「ウンタノシカッタネ」
「な、なにがたのしかったのかな?」
前日のデートを振り返るカップルのような会話をする。
「タクサンオサケノダネ」
前原君は先ほどのビールによって、言語中枢までやられてしまったようだ。匙を投げようとした瞬間、バカ元気店員が脇から入ってくる。
「すみません!お通し忘れてました!どうぞ」
前原君と俺の前に小皿に盛られたドンタコス。前原君は震える指先でひとかけら取ると小さく齧った。みるみる肌の血色が戻る。
「アあ、よったわア。昨のうはノみすぎだネ」
ところどころおかしな部分があるが、お通しのドンタコスによって前原君の理性が取り戻されつつあるのを感じる。あふれ出そうな涙をこらえながら、元気に返事をする。
「ノミスギタネ!」