【読書感想文】ノーベル賞・科学者の視点から日常を見つめ直す
・益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』(集英社新書・2015年)
ノーベル賞科学者・益川敏英が、自身の戦争体験とその後の反戦活動を振り返りながら、科学者が過去の戦争で果たした役割を詳細に分析する。
科学の進歩は何の批判もなく歓迎されてきたが、本来、科学は「中性」であり、使う人間によって平和利用も軍事利用も可能となる。
そのことを科学者はもちろん市民も認識しなければならないと説く。
解釈改憲で「戦争する国」へと突き進む政治状況に危機感を抱く著者が、科学者ならではの本質を見抜く洞察力と、人類の歴史を踏まえた長期的視野で、世界から戦争をなくすための方策を提言する。(「BOOKS!」より)
・平和運動に尽力した科学者
先日、ご逝去されたノーベル物理学賞・受賞者の益川敏英先生の著書。
物理学者として権威でありながら、皮肉屋で独特な方だったらしい。
人物像に惹かれ、興味本位で読んでみたら、とんでもない良書だったので感想を✨
著者が生前、科学以外に貢献した分野として平和運動が挙げられる。
自身が戦争体験者であること。
同じ志を持つ科学者たちが兵器を開発し、戦争に加担したこと等...
からライフワークの一つとしていた。
私はつくづく文系人間なので、第二次世界大戦というと日本史の年表や言論弾圧、学徒出陣…といったものを連想する。
だから今回、全く未知である科学者からの視点は衝撃的だった。
・科学は毒にも薬にもなる
殺虫剤、無線、放射線…
どれもがノーベル賞を獲った世紀の大発明だった。
人々や社会を良くするためのものが、人殺しの道具として利用された。
何故こんなことが起きたのか。
それは使う人間側に問題があったから!
優秀な科学者の努力と名誉が、悪によって汚されてしまったのだ。
ここでは割愛するが、本文では実際の軍事利用について克明に記されている。
そのどれもが身の毛もよだつような非人道的行為である。
これに関しては、身の回りに置き換えて共感できるポイントがある。
例えばSNSで炎上する人、あおり運転をする人、酔っ払ってやらかす人…
悪いのはスマホでも車でも酒でもない。
使い方を誤った人間の方だ!
・知とカネと人間
また、目先の金儲けが価値基準になったら学問は衰退する。
なぜなら学問は、地味で、一見無意味で、粘着質で、途方もないコストをかけないと大成されないものだから。
この過程を蔑ろにすると、新たな発見への道は閉ざされてしまう。
学問は必ず何らかの形で私たちの生活を良くしてくれるものだ。
商業主義や市場原理にとらわれず、長期的な視点を持つこと。
これが学問にとっても、人間にとっても大事なことだという。
だから著者は「科学者である前に、まず人間たれ」と繰り返し説く。
人間は誰しも弱く、臆病なものだから巨大な力の前では簡単に心が揺れてしまう。
でも境界線を見失わないで生きる、人道的な思考を忘れてはならないのだ。
・最後に
物理学者というと「研究にしか興味がない冷たい人」というイメージを抱いていた(ごめんなさい)
しかし、著者は自身の研究のみならず、同志や私たち一般人、さらに200年後を生きる人たちにまで思いを馳せ、活動する方だった。
本書からは、そんな著者の情熱的で愛に溢れた人柄が滲み出ていた。
一流の賢人は一流の人格者なのだと思い知らされた、素晴らしい作品だった。
ご冥福をお祈りいたします。