成仏させる。#4
結論から言おう。
もうここまで読んだみなさんはおそらくうっすらとは予想していたんじゃないかと思う。
私は、「浮気」されていた。
いや、浮気といってもどこから、いつから、何がどうなって、ということがまったくわからないので浮気だったのか、
浮気とまではいかずとも上手い具合に乗り換えられたのか、
今となってはわからないし、当時も確かめる余裕などなかった。
しかし、私を元カレから「略奪」したような男だ。
自然と前者なのだろうと安易に想像ができた。
別れてから2ヶ月が経とうとしていたある日、
仕事終わりにインスタグラムを開いていた。
その男とは今後は「友達として」という体だったのでフォローもお互いそのままだった。
当時のインスタグラムの機能には、
フォローしている人がどんな投稿に「いいね」をしたかが見れるものがあった。
その一覧をなんとなくスワイプしていた。
その男の「いいね」が目についた。
冷静だったとはいえ、もちろん引きずっていたのだから当たり前だ。
「〇〇さんがいいねしました。」の欄をタップする。
そこは知らない女のアカウントで、
投稿された写真は、数日前に男が投稿していた写真と同じものだった。
その男の部屋で、「Nintendo Switch買いました!」という投稿だった。
男の方の投稿を見た時に、違和感は感じていたのだ。
「別れたばかりで一人なくせに、Nintendo Switchを買ってどうするんだろう?」と。
写真の背景には私が使っていたエプロンが写っていた。
その男と一緒に探した部屋で、私が選んだ食器やインテリアがある部屋で、私が料理する時に使っていたエプロンを背景に、他の女とNintendo Switchの写真を撮っている。
こんな馬鹿な話があるかと色んなことが一瞬で頭に駆けめぐった。
確かに、違和感はあったのだ。
別れを告げられる2ヶ月ほど前から、確かに様子はおかしかったのだ。
そう感じられるようになったのが全てが判明してからだったなんて、今思い返しても滑稽な話だと思う。
その女のアカウントの投稿を全て見る。
別れたその2週間後ほどの日付でツーショット写真があった。
もう少し遡ると、所謂「匂わせ投稿」が頻発していた。
私とその男が距離を置いている期間の投稿では、
「ランチご馳走になった!」や
「鎌倉行ってきた!」
「仕事中にタバコ吸ってたらもらった!」など
もちろん相手が誰なのかなんて書いていない。
しかし、それまでの投稿とは明らかに毛色が違っていたし、
明らかに浮かれているような投稿だった。
投稿の内容から、どうやら相手は会社の新入社員であることがわかった。
ある会話を思い出す。
「会社の新入社員歓迎会でさ〜」
「〜〜で、仕方ないから家まで送ったんだよ」
これだ、と思った。
その時茶化して、
「え、で、浮気したの?笑」なんて笑いながら言っていた。
その男の返事がどうだったかは覚えていない。
怒りに任せてその女の投稿をスクショして、
そのままインスタのDMで男にそのスクショ付きでこんな内容を送った。
「あれ?彼女いらないんじゃなかったっけ?
ていうか会社の新入社員って(笑)え?そういうことするために正社員になったんだ?嘘ついちゃって気持ちわるー!この女もお前もブロックするから安心していちゃついてくださいねーではさようなら。」
両名ともブロックして、布団に入った。
寝付けない夜を過ごして、眠りの浅い中で朝を迎えた。
インスタを開くと、その男からもブロックされていた。
今になって思う。
あの時もう少し冷静になって、「どういうこと?」と問い詰めていればよかった。
こうやって突き放す道ではなく、いつから、どうして、どうやってこうなったのか、
別れているとはいえ、私からすれば将来を見据えて真剣に2年付き合ったのだ。
それを聞く権利はあったはずだ。
でもきっとその時の私はおそらく、真実なんか聞きたくなかったんだと思う。
そしてもはや何も信じられなくなっていた。
説明されても、もう何もかもが言い訳にしか聞こえなかっただろう。
だけど、聞いておくべきだった。
聞いておけば、この呪縛はもう少しマシなものになっていたのかもしれない。
すべてがわかってから1週間ほどは地獄のような毎日だった。
最後の最後に暴言しか言えなかった自分自身にも自己嫌悪を感じていた。
ただ楽になりたかった私は、男とのLINE画面を開く。
もちろん会話はすべて削除していた。
つらつらと文章を打った。
何が嫌だったか、何が傷ついたか、
叱咤、感謝、別れの言葉
長文をそのまま送った。
見てもらえなくても、返事がなくてもいいと思った。
ただ楽になりたかった。
すぐに既読が着いた。
短い返信が来た。
「LINEありがとう。
そしてこんなことして本当にごめんなさい。
最後の最後までこんなクソ野郎な俺にそう言葉をかけてくれてありがとう。
どうか幸せになってください。」
こんな内容だったと思う。
この時は救われた。
ただ、一瞬だけ。
数日もすると、なぜこの男はひどい振り方をしたのに上から目線なのだろう?と疑問が湧いてきた。
幸せになってくださいも、笑えるほど責任感のない言葉だ。
馬鹿にしているのだろうか?
めんどくさい女だと笑っているのではないだろうか?
憎い。憎い。憎い。
私の怒りは止まることがなかった。
なにをしていてもそれが頭から離れなかった。
夜は眠れず、ご飯は食べられず、
朝方までお酒でごまかす生活が続いて、
まるで毎日白昼夢を見ているような毎日だった。
昼間は仕事に没頭し、大量の業務をこなすが凡ミスを頻発して余計に落ち込み家に帰ってお酒を飲むという悪循環に陥っていた。
10日ほどで体重は5kg落ちた。
すべてがわかってから3週間ほどで私はひとり暮らしをする部屋を見つけて実家を出た。
元々はその男と同棲を始めるために頑張って貯金をしていたお金で初期費用を払い、家具を揃え、逃げるように実家を出た。
実家から仕事に通うには、必ずその男が住んでいる最寄り駅で乗り換えが必要だった。
実家の周りのすべても、何もかもが思い出と重なってしまうのが辛くて、自分の何かを変えたくて、とにかく逃げたくて。
両親にはたいそう心配されたと思う。
失恋をしてボロボロになった娘が一度だけ不動産屋に行っただけでその日のうちに部屋を決めてきたのだ。
翌日に契約書を提出し、その足でスマホの機種変とインターネットの契約をしに行った。
当時は職場でも一人の業務が多く、
仕事をしていても、家に帰っても、一人だった。
相変わらず週末は友達と遊んで朝まで飲みつぶれて、平日は仕事して夜は眠れない生活が続いた。
ノートにひたすら感情を書きなぐった。
誰に見せるわけでもない、ただ感情を整理するために。
名前も知らない男と寝た。
誘われれば生理的に無理でなければ応えた。
注がれる愛情はもちろん虚構のもので、
わずかに滴った一滴ですら
底の抜けたコップからはすり抜けていった。
なにも満たされなかった。
そこから3年が経った。
ありがたいことに仕事はどんどん評価してもらえて、
初めてのひとり暮らしを始めた郊外の古いアパートから都内の築浅のマンションへ引っ越した。
色んな男性と色んなやりとりをした。
積極的に出会いを求めてマッチングアプリに登録したり、友達に紹介してもらったり
だけどあれからこれまでにまともに「恋人」という存在はできていない。
好意を寄せられても、1つ何かが違うと思うとシャットアウトしてしまう。
あの一件で、完全に異性を見る目というものの自信をなくしてしまった。
あれだけ信用していた、この人なら、と思った人に裏切られてしまった過去はどうしたって前向きになろうとしてもどこかに影を落とす。
だけどその男のせいにはしたくないので
これは自分自身のせいなのだと言い聞かせる。
私がまだまだ未熟であるから、まだまだ魅力が足りないのだ。
この3年で得たものは数知れない。
家族の温かさ、友達の優しさ、仕事の有り難み、お金を稼ぐことの大変さ、ひとりで生活する精神力。
仕事をしてお金を稼ぎ、自分の生活を自分で守り、たまには友達とハメを外し、大好きなアーティストのライブを観に行き、家に帰りひとりビールを飲む。悪くないな、と思っている自分がいる。
これ以上今の私に何がいるというのだ。
一言で言えば「満たされている。」
ゆっくりいこう、と思っている。
マイペースに、自分の思うがままに、
寄り道して少し休んで、
それでもまた歩き出せたらそれでいい。
1年半ほど前、その男はあの女と結婚したらしいと風の噂で聞いた。
ほとんど心は動かなかった。
もう私とは違う世界のお話だ。
ただ幸せを願うことは一度もできていない。
どうか不幸に、いつかあなたに娘が生まれて、
その娘が年頃になった頃に私と同じ目に遭えばいいと思っている。
平気な顔して略奪して略奪された男と
平気な顔して略奪して匂わせる女と
いつまで続くか見物だな、と
ただただ冷たい心でそう思っている。
憎いだとか、そんな感情すら越えてしまって、
無感心と共に冷たい心で見下ろしているような感覚。
そして私は私のペースで生きていればいい。
その男と生きた、東京の山と川に囲まれた狭い田舎の街から、
今は少し行けば羽田空港から飛行機が乗れる、
少し行けば東京駅から新幹線に乗れる。
そんな街に住んでいる。
世界はこんなにも広い。
今夜も家に帰ったらひとり缶ビールを飲む。
自炊したご飯を食べ、タバコを吸い、好きな音楽を聴いて、好きな漫画を読んで、眠る。
これが私の今の日常だ。
これでいいのだ。何も間違っていない。
さあ、明日も日常が待っている。
私は大丈夫。
(了)