茂田先生と江崎先生の最新著作が届きました。私が現役で、社会人の第一線で活動していたら、真っ先に読んだ本だと思います。経済も、全ては政治の影響から無縁ではありません。今日から、読み始めますが、皆さんもぜひ。
前書きの部分だけ、紹介させてください。
『シギント 最強のインテリジェンス』茂田忠良・江崎道朗 (株式会社ワニブックス)
まえがき 一
なぜアメリカは、ロシアによるウクライナ侵攻を半年近くも前に予見することができたのか。
なぜ欧米は、ロシアによるウクライナ侵攻後ただちにプーチン大統領とその関係者の資産凍結を実施できたのか。
なぜアメリカは、日本の外務省や防衛省の情報が中国に漏れていることを把握できたのか。なぜアメリカは、中国製の通信機器などを政府調達から外そうとしたのか。
言い換えれば、なぜ日本は、ウクライナ侵攻を予見できる力がないのか。なぜ日本外交はいつも後手に回るのか。
アメリカと日本との違いはどこにあるのか。
その違いの一つが、シギント(信号諜報)に関するインテリジェンスの扱いだ。
アメリカを含む外国、言い換えれば日本を除く大半の国では、国家 シギント機関というものが存在していて、安全保障の観点から国内外において国外及び国際間の電話、インターネットなどの通信、クレジットカードの取引情報など(シギント)を傍受・分析し、1年365日24時間、 諸外国(同盟国、同志国を含む)に対する情報収集活動を実施している。
ところが日本だけは、こうした行政通信傍受は許されておらず、国家シギント機関も存在しない。日本は現行憲法9条のもとで正規の国防軍を持たない「異質な国」だが、実はサイ バー空間でも、敵対国の活動を監視・追跡する国家シギント機関を持たない「異質な国」なのだ。
国家シギント機関を持たないことがいかに日本の平和と安全、国民の人権と財産を危険に晒しているのか。通称ファイブ・アイズ 、具体的には米英の国家シギント機関の実態を踏まえて今回、茂田忠良先生に存分に語 っていただいた。茂田先生は警察の警備・国際部門を始めとして防衛省情報本部、内閣官房内閣衛星センターにも勤務し、文字通りインテリジェンスの実務を担当してこられた専門家だ。
なお本書は一般社団法人救国シンクタンクの「国家防衛分析プロジェクト」事業の一つである。
救国シンクタンクは、岸田文雄政権が2022 年12月に閣議決定した国家安全保障戦略で果たして本当に防衛力は抜本強化されるのか 、専門家を招いて検証する「国家防衛分析プロジェクト」を発足させた。その一環としてインテリジェンスに関して茂田先生から9 回にわたって話を伺い、それを動画番組「チャンネルくらら」で公開すると共に、その内容を筆録・整理し、加筆・修正を施したのが本書だ。
日本の自由と安全を守りたいと思っている方々、特にインテリジェンス、サイ バーセキ ュリティに関心を抱いている政治家、官僚・自衛官、そして経済人には是非とも読んでもらいたい。
麗澤大学客員教授・救国シンクタンク「 国家防衛分析プロジェクト」担当研究員 江崎道朗
まえがき 二
2022年12月、我が国政府は「国家安全保障戦略」以下の安保三文書を閣議決定しましたが 、その中で、今後力を入れていく分野の一っとして、インテリジェンスを掲げています。ま
た、最近の論壇では、国際関係における重要な要素としてDIMEが強調されています。
Dとは、DIPLOMACY(デイプロマシー、外交)、INTELIGENCE(インテリジェンス、諜報)、MIRITARY(ミリタリー、軍事)、ECONOMY(エコノミー、経済)の四つで、ここでもインテリジェンスが挙げられています。
このように、国家安全保障や国際関係においてインテリジェンスが重要であることについて
は、もはや疑問の余地がないと思います。しかし、では、そのインテリジェンスの実態はどうなのか。政治指導者、マスメディア、あるいは国民の皆さんが、インテリジェンスの実態を知った上で、議論をしているのか、と考えるとかなり疑問を感じざるを得ません。
皆さんは、「インテリジェンス」と言うと何を思い浮かべるでしょうか。
私のような世代は「007」のジェームズ・ボンドを思い浮かべたりしますが、何れにしろ
スパイ、つまりヒューミント(人的諜報)の世界を考えるでしょう。しかし、インテリジェンスの分野は、ヒューミントの他にも、シギント( 信号諜報)、イミント(画像諜報)、マシント(計測 特徴諜報)など多様な分野があります。その中でも、シギントは最も秘匿されている分野ですが、最も重要な分野です。これら多様な分野、特にシギントを知らずして、インテリジェンスを知っているとは言えません。
ところで、私は、ヒューミント、シギント、イミントのインテリジェンス主要三分野を現場 で経験した実務家です。公務員として、主として警備警察部門で ヒューミント、防衛庁( 当時)でシギント、内閣官房でイミントを経験しました。もちろん、これらは「日本型」というのでしょうか、様々な制約があり、世界標準(あるいは世界最先端)とは程遠いものがあります。しかし、私はこれらの経験と国際渉外業務を通じて、世界標準のインテリジェンスとは如何なるものか、を実感することができました。そこで、退職後の人生のミッションとして、世界標準のインテリジェンスについての自分の知識と経験を日本社会に還元して 、我が国のインテリジェンスに対する理解の向上に貢献したいと考えました。
ところが、公務員としての守秘義務は守らなければなりません。実務を通じて得た知識や体
験、秘密を語るわけにはいきません。困っていたところ、2013年にエドワード・スノーデンという青年が、NSA(国家安全保障庁)というアメリカの国家シギント機関の膨大な機密情報を漏洩したのです。ガーディアン紙、ニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙など欧米のメディアが、漏洩情報に基づいて大量の報道をするとともに、漏洩情報そのものも多量に公開しました。この結果NSAという世界最強のシギント機関の全体像がほぼ明らかになりました。私も公務員としての守秘義務に違反することなしに、世界のインテリジェンスの実態、特に、シギントの実態について、語ることが可能となったのです。
そこで、私は、スノーデン漏洩情報やその他の漏洩情報に加えて、公知の事実、アメリカ政府の公表衰料や秘密解除資料、各種の報道など誰でもアクセス可能な資料を基に、論文や論考を執筆して発表してきました。
しかし残念なことに、これらの論文や論考の影響力は、ほとんど皆無のようです。最近の論壇やマスメディアにおけるインテリジェンス論議を見ていても、シギントの実態を踏まえた論議は見られません。
そうこうするうちに、江崎道朗先生と巡り合いました。先生には私の研究の価値を認めてい
ただいて、Youtube番組「チャンネルくらら」の「国家防衛分析プロジェクト」の対談に御招待いただいたのです。シギントは極めて複雑広大な世界ですが、ポイントを絞って分かりやすく解説して欲しいとの要請を受け、対談が実現しました。そして今回、その対談録に 相当の加筆をして、本書の出版となりました 。
本書の内容は、アメリカのNSAを中心とするシギントの世界を描いています。この分野は
膨大な世界であり、本書一冊でシギント全体を語り尽くすことは到底できません。本書で取り上げたのはその一部に過ぎませんが、それでも巨大なシギント世界の骨格を理解していただけると思います。シギントという特殊な機密の分野ですので、カタカナ語やコードネームが多く、取っ付き難いかも知れませんが、興味深いエピソードもなるべく多く盛り込みました。エピソードを通じて、シギントに限らずインテリジェンス世界の世界標準の考え方にも触れていただけるのではないかと思います。
本書の内容は、政治指導者、外交・防衛の担当者、スパイ・テロ対策の担当者には、必須の 基礎知識であると考えます。皆さんが相手にする外国の担当者は、こういう世界に両足あるいは片足を突っ込んでいるか、少なくともこういう世界を知っている人たちだからです。
インテリジェンス研究者にとっても、必須の基礎知識です。シギントを知らずに、インテリ ジェンスを知っているとは言えないからです。
国際政治を研究する方々にも、必須の常識であると思います。シギントを知らずに国際政治 を研究するのは、片目を瞑ったまま研究しているようなものです。
国際情勢や国際ビジネスに関心を持っている方々にも、国際関係理解のために有益な基礎知識です。
一般読者の皆さんには、本書を通じて、こんな世界 があるのかと、インテリジェンスの世界の実態に触れていただきたいと思います。そして、インテリジェンス強化の議論に、国の主権者として参加していただきたいと願います。
なお、内容について注意していただきたい点が2点あります 。
第一は、本書の内容の多くは、2010年のスノーデン漏洩情報の分析に基づいているということです。情報漏洩があってから既に10年が経過しています。シギントの実際はもっともっと進んでいるでしょう。しかし、スノーデン漏洩情報以降これほど体系的な情報は漏洩されていませんし、ここでお示ししたシギントの骨格は、現在でも有効であると考えます。つまり、本書以外に、私の論文を除いては、アメリカのシギントについて体系的に記載した類書は我が国に存在しないということです。
第二に、スノーデン漏洩情報は内部の機密賓料であり、基本的に内部のシギント専門家、そ れもコンピュータ・ネットワークの知識がある者向けの資料です。私は、残念ながら文系人間であり、コンピュータ・ネットワークの知識は十分ではありません。そこで技術の細部について解釈に誤りがある可能性が皆無ではありません。本書の基となった諸論文には根拠資料の出典を明記してありますので、もしコンピュータ・ネットワークの専門家で疑問を感じる方がいらっしゃいましたら、原典に当たって御指摘をいただければ幸いです。
最後に、「国家防衛分析プロジェクト」の江崎道朗先生、松井弥加様、「ワニブックス」の川本悟史様、ライターの吉田渉吾様には、本書の出版によって、インテリジェンスの実態について、私の知識を我が国の社会に提供する機会を作っていただきました。感謝申し上げます。