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『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人著  まえがきより「独立した日本人」を取り戻すために

まえがき

鎖国がとけた江戸の末期にアメリカから来日し、初代の駐日公使となって「日米修好通商条約」を締結したタウンゼント・ハリスは、ちょうど条約を結んだ年に、次のような文章を書き残している。
「彼らは皆よく肥え、身なりも良く、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者も居ない。————これがおそらく人民の本当の幸福の姿と言うものだろう。
私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所為であるかどうか、疑わしくなる。
私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる」(渡辺京二『逝きし世の面影』より)。
野蛮な国、未開の国、日本と思って来日したタウンゼント・ハリスはそこにおそらくは人間の理想郷と言ってもよい世界を見いだした。それはハリスばかりではなく、イギリス大使のオールコックはじめ、幕末に訪れた多くの外国人がほぽ同じことを感じている。
それはそうだろう。ほぼ同時期にイギリスの労働者階級を描いたエンゲルスの描写とあまりに違うからである。
「貧民には湿っぽい住宅が、即ち床から水があがってくる地下室が、天井から雨水が漏ってくる屋根裏部屋が与えられる。貧民は粗悪で、ぽろぽろになった、あるいはなりかけの衣服と、粗悪で混ぜものをした、消化の悪い食料が与えられる。貧民は野獣のように追い立てられ、休息もやすらかな人生の楽しみも与えられない。貧民は性的享楽と飲酒の他には、いっさいの楽しみを奪われ、そのかわり毎日あらゆる精神力と体力とが完全に疲労してしまうまで酷使される」(エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』)。
疲労、不潔、怠惰が渦巻く欧米の労働者階級に比較すると、日本の農民も漁民もみんな愛想が良く、肥えていて、そして道徳観も高い。これをビックリしないわけはない。
もちろん、もともと野蛮で凶暴なのは日本人ではなく、ヨーロッパ人とアメリカ人であり、社会の構造を作り間違ったのも欧米であった。日本人が手塩にかけて作った国は世界でもまれな「義理と人情」、そして「家族制度、駅伝思想」が全国民に行き届いたきわめて優れた空間だったのである。
でも、それから百五十年、今では、日本はすっかり精神的に二流国になってしまい、ことあるごとに「アメリカが ..」とか「ドイツが ..」と言わなければなにもできなくなった。そればかりではない。日本国内では新しい事業を大きな借金を背負って立ち上げる勇気を持った若者は絶滅し、補助金という名の税金を貰わないと何もできない大人ばかりになった。
和魂洋才は完全に失敗したのである。
さて、二十一世紀は環境の世紀と言われ、どこを向いても「環境おじさん」が闊歩している。でも、果たして日本には環境問題そのものが存在するのだろうか? 見渡してみると、日本の大気は澄み、水道を安心して飲める国は世界で七カ国程度しかないが、その中でも水道はことのほか美味しい。あの煙にむせんだ公害の時代から、なぜこんなに素晴らしい環境を手に入れることができたのだろうか。そして、一九九〇年以後、リサイクルはほとんどされていないけれどゴミ箱は満杯にはならないし、史上最強の猛毒のはずのダイオキシンではさっぱり患者さんがでない。なにもしないのに日本の環境による被害者はほぼ皆無になった。もちろん、無為無策でそうなったわけではない。そこには少数の先駆者の奮闘と、きわめて合理的な要因が存在したのである。
また公共的存在であるはずの電気事業連合会ですら、「南極でペンギンが暑さに参っている」というIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告とまったく異なるステートメントを子供に対して流しているというのが現状である。このようなテレビ宣伝のために、真面目な小学校の先生がIPCCの報告を読んで正しく児童に伝えることすら困難になっている。
このような現代日本の不可思議な謎は、科学だけでも、経済学だけでも赤裸々にすることはできない。いや、この問題は学際領域の解析だけでは解くことができない、もっと深い内容を含んでいるかもしれない。おそらくは、ヘーゲルの言葉通り「ミネルヴァの梟(ふくろう)は夕暮れに飛翔する」との警告を無視して、少ない知恵と錯覚だらけの頭で未来がわかると錯覚し、悲観的な気分になっているのだろう。そうだとしたら、日本人は将来どころか、目の前の事実をも見失う。
経済学者との対談の本を出してみないかというシアターテレビの浜田マキ子社長のお誘いに科学者の私は一瞬、たじろいだものの、たぐいまれな鋭利な頭脳と豊富なご経験の持ち主、日下公人先輩とわずかな時間でも議論を交わすことができたのは幸甚だった。加えて、熟達の編集の手によって、実際の対談をさらに磨き上げられ、論点は浮き彫りになり、解析は深くなった。
本著が、江戸末期以来、長く忘れられていた「独立した日本人」を取り戻す一つの契機になってくれればと願う次第である。

平成二十一年五月吉日
武田邦彦

『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より


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