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イケメンの用法用量を守れなかった日の話


最後に男の人とのデートの予定があったのは、いつだったっけ。

彼氏と手を繋いで歩くなんてことも、
もう大昔すぎて前世の記憶くらい思い出せないけど
でもそれと引き換えに、私にとって
毎月せっせと通う美容室やネイルサロンの立ち位置が
"好きな人の好みに少しでも近づくために行く武器屋"じゃなくて、"自分の好きな自分になるためにパワーアップする宿屋"になったのは、恋愛最前線から退いて良かったことの1つとして心に留めておきたい。


1月の終わり頃から気付けば忙しくて残業が増え、3月に入る頃には少しずつ蓄積された疲れが取れなくなってきた。 おまけに今日は金曜、1週間の疲れがどっしり乗っている。
季節の変わり目に体調を崩しがちな私は、ベースがすでに調子が悪い。
だけど休んでる暇はない。悲しき30代。

その日ももう12時近いというのに朝から一息つく間がなく、家から持参しているタンブラーの水が一向に減らなかった。


だがしかし、大変な中に楽しみを見つけるのが上手い私は社内に癒しがあった。
他部署にいる、タイプドンピシャの推しの男性社員(たぶん同世代)。

その人とは仕事で連絡をしなくてはいけない時にチャットでやり取りをしたり
たまに電話がかかってくるくらいの関係で
働いているビルが違うので直接会ったことがあるのは1度だけ。
だけど雰囲気と声が私のタイプど真ん中ばっこーんと成層圏まで突き抜けており、
会社という砂漠の中でただ一つのオアシス的存在だった。

たまに、同じビルだったら良かったのにな……と思うこともなくはないが
元ジャニオタであるが故に日常的に会えない人を一方的に推すという行為には慣れすぎているので、そんなことは何の支障にもならない。


それにしても、昔から慎重で細かい性格のせいかあまり仕事でミスをやらかさないのに
いくつもの仕事の同時進行、マルチタスクのミルフィーユ的状況にしょうもない凡ミスを立て続けに起こすほど
今週の私は身体というより脳がオーバーヒートしていた。


そんな時、神からのご褒美が突然やってきた。
推しに連絡する、口実(仕事)。

絶対に連絡しなければいけないものではなかったので少しだけ迷ったが、
なんせ脳がオーバーヒートしていていつもより理性が働かなかったので(という言い訳で)私は連絡することにした。

会社の隣の席の人がやっていたら嫌な癖ランキング4位、強めのキーボード叩きでッターン!とEnterキーを叩くやつを繰り出しながら、昂る気持ちが抑えきれない私は2週間ぶりくらいのチャットをドキドキしながら送信した。

チャットの返事はすぐ来た。
いつも通り仕事の話をしつつ雑談もしたりして、
しばらく会話が続いた。
お察しの通りかと思うがそれだけで私は浮かれまくって
お昼を食べる時間がないほどのその日の忙しさなんて
全くどうでも良くなっていた。完全に推しハイ。


「ぜろさんってトラブル起きても全然慌てなくて経験豊富なお姉さん感すごいよね」と
よく言われる冷静沈着さは地球の裏側まで飛んで行き
冷静のれの字もぼんやり滲むほどの浮かれ具合だった。


弊社がまだみんなマスクをする雰囲気の会社で本当に良かった。
マスクがなかったら完全にモニターに向かってニヤついている、残業続きの色々と危険な社員になるところだった。
コロナ禍になってもう5回目の春、マスクは私の人権を守ってくれている。



そんなこんなで時間は過ぎ、少しだけ残業をして
長かった1週間の仕事を無事に終えた私は
脳みそも身体も泥のように重いのにさっきまでの推しとのチャットの会話を思い出し心はふわふわしていて、
もしお酒が飲める体質ならこんな日は美味しいお酒が飲めるんだろうな〜

などと考えながら帰ろうと荷物をまとめていたら
すぐ隣の島に座っている、毎日顔を合わす別のイケメンに話しかけられた。
ちなみにこのイケメンかなり距離感の詰め方が天才なイケメンなのだが
チャラいとかではなく恐らく女兄弟がいる人のそれで、
絶妙なコミュニケーション能力で絶対モテてきた、鬼に金棒イケメン。

なんだなんだ今日の私、イケメンづいてない?
イケメンパラダイスか??花ざかりの君たちへなのか???
普段、善良な市民として質素に慎ましく生きているのに
1日のうちにこんなに次から次へとイケメンイベントが発生したらイケメンの過剰摂取だから……と心の中で思いながら
平静を装い、最近うちに入った新しい人のことなどについて話していた。

イケメン『(新人さん)何歳くらいなんですかね?』
私『あ〜たしか私と同じくらいか少し上とかじゃなかったかな……あ、私3〇歳なんですけど』

イケメン『えっ!!?そうなんですか?!見えないっすね……!?』


え、今なんて?もしや日本の伝統芸『〇歳に見えない』?
いやまぁ見えないと言われましても私なんて美容にお金も時間もかけてないし強いて言うならまつげパーマと美容室とネイルは毎月行ってるけど……それのおかげかな……っていやいやいやナイナイナイ、危ない正気に戻れ私、こんなのお世辞だから。私も今まで散々年上のお姉さまたちに言ってきたやつだろうが。でもこんなこと言ってもらえるなんてまだすこーしだけ私もイケると…思っていいのか……?ってイケるってなに?どこに行くのよ 行くなよ、行けないから。片道通行の行き止まりだわ。冷静になれ私こういう時ってどうやって返すのが正解?真に受けてないよアピールしないと いやでも謙遜しすぎても気まずくしちゃうしあーもうこれ進研ゼミで私まだやってないけど??!!進研ゼミおばさん講座どこから申し込むのよ!!!!!

……今週の蓄積された疲れでオーバーヒートして使い物にならなかった私の脳みそ。
金曜の18時42分にフルスロットル大回転、もはや回る訳がない。

3秒後になんとかひねりだしたリアクションは
大照れしながらの
『いやいや……!(笑)お気遣い、ありがとうございます……』



ひどい。完全にこれじゃない。
若く見えますねなんて言ってもらってガチ照れする3〇歳、もう本当に目も当てられない。
その後も数分立ち話は続いたが、はっきり言って何を会話したか全く覚えていない。



若い頃は結構長い期間、彼氏が途切れない時期もあったりしたけれど
それは単純に私が恋愛体質だったからであって
本当の意味のモテるということを経験したことがない陰キャ女は、リアル人生ゲームのイケメンハッピーボーナスイベントの選択肢をこうやってミスっていく。


っていうかさ、そもそもずっとマスクしてっから私。そりゃあ目元だけなら何歳か若く見えるでしょうよ。くっきりしたほうれい線も毛穴も何にも見えないんだからさ。
『えー!ありがとうございます!マスク効果ラッキー!笑』とでも明るく返すのが正解だった、絶対……

と今回の真理にたどり着いたのは
マイナス1℃の外を10分くらい歩いてオーバーヒートした頭がすっかり冷えた後だった。


社内の推しイケメンとの久しぶりの会話によって浮かれ
地球の裏側まで飛んでいった私の自慢の冷静沈着さは、
数時間後、また別のイケメンによってしっかり手元に戻ってきた。
おかえり、私の冷静沈着。大丈夫、もう絶対に君を離さないよ。


30代後半になってきたら、進研ゼミおばさん講座は必修科目にしよう。
家に届くあの漫画にはぜひ今回のストーリーを書いてもらって、

『進研ゼミでやったところだ……!』

ってあのお決まりの流れを書いて、
自分より歳下のイケメンともそつなく会話出来る素敵お姉さんを誕生させて終わろう、そうしよう。


疲れと違う何かずっしりと重たいものを引きずりながら、私はなんとか家にたどり着いた。
できればイケメンは1日1イケメンまでがいいです神様、そう願いながら眠りにつき、長かった私の金曜が終わった。


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