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岡本セキユと待つということ(『ワイルド蛍をつかまえろ』稽古場日誌1)

岡本セキユ★シングル芝居 『ワイルド蛍をつかまえろ』の稽古場日誌です。
稽古場助手として、見て聞いて感じたことを書いています。

岡本セキユ★シングル芝居 『ワイルド蛍をつかまえろ』
7.13(土)-15(月·祝)
早稲田小劇場どらま館 上演時間:約50分
◎チケット受付中
https://ticket.corich.jp/apply/322309/


残念ながら、俳優は本がないと何もできない。

例えそれが高倉健でも、ティモシー・シャラメでも、ジャン=ポール・ベルモンドでも、マーロン・ブランドでもそうだ(マーロン・ブランドだったら、呼んでもないのに急にやってきて、俺のシーンを作れとか言い出して、挙句、出てやったんだからギャラよこせとか言ってきそうだが)。

だから俳優は、どうしたって本よりも格下で、自分の出番がくるまで現場のすみで待つしかない。
まるで雨の日に主人がえさを持ってくるのを濡れながら待ち続ける芝犬みたいに。

よく言われるように、俳優は待つ仕事なのだ。

「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」

熱海で仕事をしていた太宰治は、訪ねてきた親友の檀一雄だんかずおを歓迎して、熱海中の居酒屋や遊女屋を巡った。

「では、そろそろ・・・」と言う檀の言葉に耳を傾けず、酒と女を遊び漁り、散財のかぎりを尽くした太宰。

ついに太宰は妻・初代が太宰のためにと檀に託した、熱海での生活費さえも使い果たし、無一文となった。

ツケと借金がかさみ、宿代が払えなくなった太宰は、檀を人質として宿に残し、東京にいる井伏鱒二いぶせますじに借金をしに行く。

しかし待てど暮らせど太宰は金を持って帰ってこない。痺れを切らした檀は東京の井伏宅へ”借金取りを引き連れて”向かうと、そこには井伏と呑気のんきに将棋を指す太宰がいた。

檀は激昂げきこうし太宰を問い詰める。顔を青白くして、震える手で駒を持ち上げながら、太宰はこう言い放つ。

「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」

10年来、僕と岡本との関係は待つ-待たれるの関係だった。

太宰と檀においては一対一の親友同士の関係であったが、こと稽古場においては一対他の孤独で苛烈かれつな関係であった。
岡本という一人の人間を、一冊の脚本を、一行のセリフを、何人もの人間が待ち続けていた。

待つ人の数だけ、待ち方も違う。
ある者はうろたえ、ある者は黙り込み、ある者は叫ぶ。

ある者は岡本の隣に座り、あれこれと助言やアイデアを投げかける(このとき岡本の目は虚、髪は四散し、毛穴はドロドロの重油が練り込まれたようにくすみきっていて、遠目で見ると肌は緑褐色りょくかっしょく水棲すいせいの化物のような風態ふうていになっている。無論そんな生物に人間の声は聞こえてこない)。

ある者は、GoogleDocs上での作業を提言、執筆状況を常時モニタリング可能にし、ガントチャートを作成、ページ数をKPIとし、PDCAを回していことする(当然、この緑の海坊主をコンサルすることなどできない)。

僕は、そこそこに楽しんでいた。

進捗が遅れるほど、ワクワクしていた。

焦り、慌て、右往左往するみんなを、稽古場の端からニヤニヤと眺めていた。

それは文化祭前日の、何も出来上がっていないけど何かしなければいけないことだけが決まっていて、時間も計画も予算も足りないけど、今この瞬間の体力と感性だけは有り余っていて、若気の至りに背中を押された、あの喧騒。

そして、結局なんとかなっちゃうという、偶然と根性。

僕は、デロデロに溶けたコイツの手から渡された本を、いつでも「おもしろい」と言っていた。

本当にそう思っていたのか、はたまたあの喧騒の空気にあてられてそう言っていたのかは、もうわからない。 

今、こいつは一人芝居という酔狂すいきょうなことをやっている。

自分で企画し、自分で書き、自分で客を呼び、自分で演じる。
なんと言う自分勝手。誰に待たれているでもなく、自分一人で舞台に立つ。
そして、こいつは今日も独り稽古場で勝手に苦しんでいる。自分で始めたことなのに。

目下の困難は、本ができていないこと。
自分の本を、自分が待つという、ルビンのつぼのようにひっくり返った状況になっている。
そして、そのことに焦り、慌て、右往左往している。
さっさと書けば良いものを。

そんなこいつを、俺はあのときのように、待っている。

両手いっぱいにA4用紙の束を握り締め、不安げな表情で差し出すお前に、俺は、あのときのように「おもしろい」と言うであろう。

多分いつもみたいに、なんとかなる。偶然と根性は裏切らない。
俺は待つ。お前も待つ。
待たせる身は辛いかもしれんが、今度は待つ身もお前なんだ。

だけど先々週みんなでピザ食べた時、俺が建て替えといた6800円は早急に返してくれ。
こればっかりは、俺も待てない。


岡本セキユ★シングル芝居 『ワイルド蛍をつかまえろ』
7.13(土)-15(月·祝)
早稲田小劇場どらま館 上演時間:約50分
◎チケット受付中
https://ticket.corich.jp/apply/322309/

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