70センチ×17年=日本地図
【信念の人 伊能忠敬】
伊能忠敬(いのうただたか)は、江戸時代の商人であり、天文学者だけど、どんな人か知っていますか?
まさに「意志のある所に道はできる」という言葉の通り、地球一周分歩いて日本地図を作った人なんだけど、やはり半端な人ではないね。
55歳からスタートしてるんだよ!当時の寿命は何歳か?を考えると、とてつもない決断だったと思う。
「夢を実現する」とき、さまざまな障害がくる。その意志を貫き通せる人は一体、何人いるのだろうか?
さまざまな天のお試しが来るとはわかっていても、ほとんどの人は軸がぶれてしまう。
さあ!彼の行動から学んでみよう!
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皆さんが何か大胆な目標を立てたとき、家族や知人、友人に反対された経験は無いですか?
そんな時、 リスクをとる勇気があれば、他の人が心配して忠告しても動かされることはありません。
私達は、周りの人たちの心構えや行動を支配することはできません。
しかし、自分自身を律して自分の運命を決めていくことはできるのです。
もしも人々の消極的・否定的な考えや恐怖心があなたの人生を決定づけるようなことがあるとすれば、それはあなたがそうなることを許したからなんです。
あえてリスクをとり、信念を貫き通した、歴史に名を残した人物を紹介したいと思います。
その人物とは、日本で初めて日本地図を作った伊能忠敬(いのう ただたか)氏です。
足かけ17年かけて日本全国を歩きまわり、日本史上初めて国土の正確な姿を明らかにした人物と言われています。
彼の歩いた距離は徒歩で4万キロであり、地球一周分です。
しかも人生50年と言われていた時代に50代後半から歩き始めるんです。
九州の地図に取り掛かるときには歯は抜け落ちて一本しかなく、もはや漬物も食べることは出来なかったというほどです。
伊能さんは、まさに信念の人としか言いようも無い、偉大な人物の一人となりました。
それでは、なぜ伊能さんは、最後まで歴史に残る大事業を成し遂げられたのでしょうか?
その答えは、測量のために旅に出ようとする時の出来事から多くを学ぶ事が出来ます!
測量の出発前に、彼の友人たちが送別会を開いてくれました。
その祝いの席で、はりの上にあったツバメの巣から一羽のひながポトリと落ちてきてそして息絶えてしまいました。
昔も今も同じですね。
あなたならどうしますか?
躊躇してしまいませんか?
伊能さんは、きっぱりとこのように言い切ります!
「ツバメのひなの不注意で起きたことでどうして天下の大事業を取りやめねばならないのか」と。
そして気にもせず皆の忠告を無視したそうです。
しかし、さらにいよいよ出発というときに、新しい草鞋(わらじ)のひもがプツっと切れてしまいます。
これまた縁起が悪いと、そばにいた人たちは重なる不吉のしるしにおののいて、出発の延期を勧めたそうです。
その忠告に対して、伊能さんはどうしたと思いますか?
伊能さんは、新しいわらじに履きかえて平然と出発してしまいました。
全く気にもしなかったそうです。
ところが門のところまで来ると、今度は納屋にあった頑丈な樽がどういうわけか、破裂してしまいました。
3度も不祥事が続いたのです。
あり得ない自体です。
普通だったら、縁起が悪いとおびえて出発を延期してしまうのではないでしょうか?
事実周りの人々は、3度も続いた不祥事におののいてしまうのです。
ところが当の本人は平然として言ってのけるのです。
「古い樽が壊れるのは珍しいことじゃない!」
そして予定通り旅立って行ったのです。
この話しを通じて、何故大変な大事業を伊能さんは成し遂げられたのかが、お分かり頂けたことと思います。
彼のようにリスクをとる勇気と信念があれば、他の人が心配して忠告しても動かされることはありません。
いかなる状況にあっても最後に決めるのは自分自身なのです。
人間は、自分自身を律して自分の運命を自分自身で決めていくことが誰でも可能です。
伊能さんは元気に帰宅し、日本の測量を大成功させました
伊能さん個人の事業から幕府の事業として抜擢されました。
もし彼が縁起の良し悪しや因習にとらわれる人であるなら、とてもあんな大事業を完成させることは出来なかったことでしょう。
何事でも、何にも屈しない信念こそが、全ての目標を実現させるのです!
『遅咲き偉人伝 人生後半に輝いた日本人』久恒啓一
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驚くべきは、その準備にもある。
一定の歩幅(70センチ)になるような歩き方を訓練し、複数の人間が同じ場所を歩いた平均値から距離を計算していく。
これを毎日40キロ移動したという。
それ以外にも、進むごとに様々に測量法を進化させている。
さあみなさん、日本でも世界的にも、初めての試みを成す人の共通点は、何だと思いますか?
普通は守りに入る年齢からのチャレンジ!
日本の平均年齢があと少しで50歳になろうとする今、これだけ文明の利器が進化してるときに、「年だから~」なんて言っていると
「ぼ~っと生きてんじゃないよ~!!」とチコちゃんに叱られてしまいそうですね!
50歳にしてプライドを捨て31歳の若い先生を師と仰ぎ勉学に勤しみ、更には55歳にして地図を作るために全国を回り始めたことを思うと、 本当に頭が下がります。
「大過なく」などと言わず、果敢にチャレンジする人生でいきませんか!!
会長 稲井英人
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