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Photo by
enjiro
時間軸「前」
私にとって恐怖の対象である、時間
なにを当然のことをとは思うが、
時間軸は過去から現在へ、現在から未来へと
前へ前へ進んでいる。
今日があるということは同時に明日がある。
でも、今日が存在してる時点において、明日は明日でしかなく、
「今」すぐに明日を体験することはできない。
なぜなら今生きてるのは今日だから。
そんな簡単なことを認識する能力
それが私には少し欠けていることに最近気づいた。
どう言葉で表現すればいいのか見つからないが、
とにかく時間が前に進んでいるという感覚が難しいのである。
例えるなら、
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↑こうではなく、
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↑平面に、「次に起こる出来事」が散らばっている感じ
発達の特性で、時間に間に合わせる等のスケジュール管理が苦手というのもある。
しかし、時間の流れのイメージにおいてはこのようなのである。
なるべく同時に、素早く、欲しい出来事を拾いたい。
「次に起こる出来事」候補は、時間の流れによって変わってしまうかもしれないという恐怖。
誰かに取られてしまうかもしれない恐怖。
連続的というよりも同時に存在している感覚、これはなんなんだろうか...。