珈琲の哲学
先日図書館へ出かけた際にたまたま見つけて衝動借り(?)した本『珈琲の哲学』
インドネシアの現代文学を代表する ディー・レスタリという作家の短編集でした。その中に表題作である『珈琲の哲学』という話もあります。
訳者の解説には…
コーヒーショップを経営する男二人の、真のコーヒーを追い求める探求と友情の物語である。
最終的にたどり着く”最高のコーヒー”とは、そのビーンズの希少性や焙煎技術によってもたらされるのではなく”人間愛”という帰結。それこそがこの短編を、時代をこえて人々の心を捉えてやまない作品としている点なのかもしれない。
自分もコーヒーは好きでほぼ毎日飲んでいるのですが、とても奥深い飲み物だと思う。1杯100円で気軽に飲める場所もあれば、1杯数万円もするコーヒーショップもある。
豆、焙煎、粉砕、抽出とそれぞれの工程でいろいろな方法があるだけでなく、複数の豆を配合するブレンド。ものすごい種類になることは容易に想像できます。
さらに、提供するお店の雰囲気や居心地といった付加価値も加われば値段の差が広がることは当たり前のような気もします。
技術や希少価値を極めるということはキリのないことのようにも思えます。必ずといっていいほど上には上がありますからね。
自分や相手にとって”ちょうどいい”ところがあるのではないかと思います。
その”ちょうどいいところ”に人間愛をブレンドできれば、最高の珈琲を生み出すことができるのかな。なんて思いました。
今日も読んでくれてありがとうございます。
読んでいて、美味しいコーヒーが飲みたくなったのはいうまでもありません。
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