舟を出す。

何も気にせずに、気にも留めずに、微笑して通り過ぎたい。私の影を、透明に透かして。足跡は濡れているが、乾くので気にならない。消えた後に月明かりが満ちて、そこに魚たちが泳ぎ出す。私は靴を脱ぐのと一緒に足を切り落とし、舟を出す。もう二度と帰って来ない。そう、決意して。

残念ながら、濡れずにいることは出来ないのだと、点滅する信号機に諭されて、知った。傷付かずに、傷付けずに、いられることなんて出来ない。私は点字ブロックを緑色のゼリーに染める色を見て、全て正解だといいと、素朴に思う。全て正解だといい、最後に間違い探しなんてしないで欲しい。

どうして、と言う言葉を吐いて、その瞬間にどうして、なんて大嫌いな自問だと気付いて。知っているだろう。何とぼけているんだ。知っていただろう。知らない振りをしていた。私は私を欺く、と同時に、それは他人をも欺く。知っていただろう。なら、どうして。

約束は引き千切れて雲になった。両足は切り落とされて、海深く沈んで行く。私は未熟になって行く、けれども成熟していた時なんて一度もなかった。海の底に立つ二本の足を、無邪気な魚たちが代わり番こに長靴のように履き合うだろう。失った私の代わりに、歩き続けるだろう。

舟は戻らない。全て正解だと、いい。