薄ら寒い夜。
背中から手を当てて、やって来る。吐息。めざましく返り咲く、桜。人間には分からないのだが、植物には分かるものがある。土の下では、みな同じ生きものだから。
私にはよく分からないのだが、人間はいがみ合っている。私もあなたといがみ合っている。隣同士で。干渉し合わないことによる拒絶と許容。この線を越えて入って来ないで。わたし、あなたを許しているから。私は席を立つことによって、終わらない冷戦から一人抜けようとした。背中に目が刺さる。薄ら寒いや。
降り頻る、細やかなもの、走り出してようやく、気付く。小雨。霧雨と呼ぶ方が正しいのかもしれない点描画の中を突き進む。濡れる、ことはちっとも煩わしくない。乾いている方が苦しい。水、を飲みたいから口を開けて走った。前後不覚に自動車のライトが飛び込んで来て、私の生ぬるい舌の根を轢く。口内炎が破裂する。痛い、それでも生きて行きたい。
風に巻き込まれて舞い降りて来る。か弱い花のもとでは私達は同じ名前の生きものになって。酒を飲むのは忘れたいからか、それとも思い出したいからか。軽率になればなるほど、境界線が曖昧になって行くから美しい。私はあなたと許し合いたい。出来れば、異なる名前のままで。酌み交わす時に軽く触れた。小さな音がした。りん。初めて飲んだ夜。
冷たい感触が首筋を、舐めて行く。ひたひたと、触れる水滴が濃く、重くなって行く。土の下では日々、暗号が取り交わされ、それは人間には解読出来ないものらしい。掘り返してみれば? 目も当てられないほどに、深く。尖端を握る。薄ら寒いよ。