桃色のかわ。

蛇腹折りにした心は、開けば凹凸として、ああこんなだったこんなだったと、蔑む。山があり谷がある。その繰り返しだった。信号機は赤く灯り出し、渡る車輪に縞馬が轢かれて行く。涙を流さないのはどうしてだろう。影はもうすでに絶えて。

いなくなったことにさほど気を取られないでいられる。くらいには過ぎ去ったことをことほぎ、あの嵐は何だったのかと、とぼけてみせる。薄情なくらいに時間は行く。ことに呑まれて、溺れていただけだ。毎日、顔を洗う度に知らない人になって行く。もう思い出せないだろう。それでいい。それでいい。

「あなたが幸福であることを祈っています。」幸福とは。ただ生き過ぎただけだとも思い、生き過ぎたことにも重みがあることを思い。体だけが重たくなって行くみたいだ、年を経ると言うことは。心はいつまでも浮ついている。すくい上げる日差しには温もりがあり、それは軽やかに指を伝い流れ落ちる。私は出来るだけ、さらさらとしたものになりたいと思う。砂のような。風のような。

午後五時の壁に桃色のチークが塗りたくられていた。女子トイレの壁を燃やして、射し込める窓の外に川が流れていた。桃色の、激しさと純さと嫋やかさが一面に、それは華々しいほどに明るく燃え立ち、萌え立ち、黒々と死角になった地面の上を覆い尽くしていた。あの川に飛び込んでしまえ。鍵のない窓がそっと遮る。