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【名盤チェック】#8 椎名林檎: 加爾基 精液 栗ノ花 (2003)

ご無沙汰しています、yuzuramenです。

タイトル通り名盤を一つ一つ聴きながらレビューし、自分の中の音楽の価値観を広げていこうという企画です。

聴くアルバムの基準ですが、かれこれ5年以上視聴している「み○ミュージック」様のアルバムランキングを参考に、邦・洋楽問わずトップ50辺りに入っているものを適当に選びます。その中でも、僕が今までマニアになったアーティストが好んで聴いていたものを選ぶ傾向にあると思うので、ご了承を。

8回目は椎名林檎の「加爾基 精液 栗ノ花 (2003)」でございます。

いろいろ概要

時期によってビジュ全然違う (これは2003)

椎名林檎の通算3枚目となるアルバムです。前作「勝訴ストリップ」以来3年ぶりで、初めてオリコン週間1位を獲得しました。

僕にとって全く世代ではない椎名林檎はどちらかといえば「能動的三分間」「永遠の不在証明」など東京事変の印象の方が強く、ソロになると昔から古の日本語で何か気難しいロック?をやっている変人くらいにしか思っておらず全く聴く機会は無かったんですが、ふとしたきっかけで「本能」や「罪と罰」、「神様、仏様」などを耳にすることがあり素直に「アダルティで洒落てるなぁ」とハマってしまいました。
耳の肥えた音楽ファンからも総じて評価は高いですし、自分の間違った認識を改めてこの素晴らしい日本人シンガーについて魅力を深掘らねば、と思いアルバムに手をつけることを決意。

そして何を最初に手に取るかですが、今回は普段より少し天邪鬼な選択をしようと、国内人気抜群の「無罪モラトリアム」は除外することに。調べていくうちに徐々に「3rdが物凄い人気を海外で集めているらしい(Rate Your Musicで邦楽5位)」との情報に行き当たり、前2作よりも異常なほど高評価を誇っていることから「何が外国人をそこまで虜にさせるんだ…?」と興味津々で、奇抜過ぎるタイトルも相まって一気にこのアルバムへの欲が高まりました。

ジャケットやタイトルの雰囲気を伺う限り何だか想像もしない狂騒が広がっていそうですが、さてどうなるか。

全体の感想

やはり期待を遥か斜め上の方向で抜き去った、カオスで難解だが繊細な音楽を叩きつけられましたね。レディへ程度で全く頭に入らないなどと贅沢を言っていられないですね、更に上が降臨しました。

「勝訴ストリップ」の大半を占めていた、歪んだギターとドラムの主張が強い純粋なギターロックは姿を消し、全体的に無ジャンルと言って良いくらい前衛的なサウンドです。
ストリングス、パーカス、シタール含む東洋風な民族楽器や笛などの和風楽器、更には電車の走行や掃除機の音などの生活音までもが曲の一部として複雑に絡み合っており、いつでも崩壊寸前みたいな感じなのに一瞬たりともその妖艶で暗然たる雰囲気で体裁を保っているのが凄まじい。なのに椎名特有の「和」と他ジャンルとの融合の絶妙さは失われてないんですよね。驚きです。

基本的には初聴じゃ全くメロディや曲の構成が掴めないような捉え所のない曲が大半で、更に一々音の迫力が凄まじ過ぎるので44分しか無いのに終盤ではマラソン終了後と言っても過言では無いくらい頭の体力をひとしきり奪われますね。最初から集中して理解するのはとてつもない根気が必要です。(収録時間はきっかり44:44。縁起の悪さといい細部まで妖しさに対する拘りが半端じゃない)

しかし耳を慣らしていくと意外とサビでは耳心地の良い美メロを歌い上げていることなど、段々とこのアルバムの真髄に気づいていきます。そして何周かするとむしろメロディはキャッチーで、(ずっと不気味だが)静謐なバラード、メルヘンチックなミドルナンバー、ジャズに気怠いR&Bなどダウナーなものなら何でも揃っている独特な多彩さにも惹かれ、気付けば飽きずに細部まで耳を澄まし楽しんでいました。
ただおどろおどろしいのにスケールが壮大過ぎず繊細なのがまた魅力なんですよね。このアルバムから漂う「日常生活の倦怠感」「それに対するどうしようもない陰鬱さ」などが歌唱にもサウンドにも見事に現れていて、本作並みに異質なサウンドでここまで気に入ったのは初めてかもしれません。見事なコンセプトアルバムです。

本題の何故本作が一番の人気を海外で集めるかについてですが、前の2作の比べて圧倒的に和洋折衷や大正ロマン的な雰囲気を纏っているからでしょう。更にギターロックに徹していた前作までとは違いジャンルの幅が広がり、前衛さや芸術性まで格段に上がったとなれば、海外の耳の肥えた玄人好みな音楽マニアが気に入らないはずありません。

余談ですが、「迷彩」と「意識」では僕の大好きなバンド、NUMBER GIRLのアヒト・イナザワがドラムを叩いているようです。意外な所で名前を拝謁し更に椎名への親近感も湧いたような。

一曲ごとの感想

歌詞を読み取って何かを語るのが本当に苦手な僕なので、本作もほぼ全く目を通していません。したがって椎名林檎のもう一つの大きな個性とされる独創的な作詞には殆ど触れないことをご了承ください。基本的にサウンドのみ聴いて判断しています。

1) 宗教
トップバッターですが、このアルバムで一番のお気に入りに上り詰めました。特筆すべき要素はこの恐怖丸出しのイントロですよね。突然の大音量の不協和音ストリングスが響き渡り心臓を潰されかけたところに始まるのは、不気味ながらも意外と哀愁に満ちたミドルバラード。
歪過ぎなドラム含めてBメロまでは不穏ですが、サビで突然ストリングス主体の悲哀なパートに変わり、まぁこのメロディがとても素晴らしい。本作でも随一の優しい声で歌い上げており、一瞬にしてやられました。アウトロで元の雰囲気に戻るのもまたよし。

2) ドツペルゲンガー
ある意味本作で一番得体の知れない曲です。こんなにイントロ、Bメロまでとサビのテンポ感や伴奏のリズムが異なる曲はおおよそ聴いたことないですね。ドラムの代わりに入る謎の不気味な効果音がリズムを刻むと思ったら、サビでは一気にスピードアップし電子ビートに変わったり、何よりチェレスタの奏でるメロディが終始掴みどころが無く、未だに好きなのかどうか自分の中でも評価がはっきりしません。

3) 迷彩
テンポが全く掴めない気怠さの極みのようなイントロを軽快で無骨なスネアが割って始まるのは、本格派のジャズ的ロック。忘るまじおじさんこと浮雲さんのギターは従来の椎名サウンドより控えめになっている代わりにウッドベースの音がかなり押し出されており、それがグルーヴ全体を強力なものにさせています。椎名の怒ったようなボーカルや狂気的に響くバイオリンの高音も手伝い、間違いなくこのアルバムで一番ドープで大人なサウンドに仕上がっていますね。最後にジッポで煙草に火をつける仕草で終わる構成も見事。

4) おだいじに
珍しくピアノとボーカルのみで始まりますが、終始入るサンプリングされたテレビ音や、ノイズとしか思えないエレキギターの繊細ながらも悪影響を与えない程度に不協和音を響かせるハーモニーが耳に染み渡ります。本作一悲しげに歌い上げる椎名の声もまた唯一無二の悲壮感を与えていて、まさにアルバム前半のクライマックスを異色に彩った名曲。

5) やつつけ仕事
古風なTV番組や掃除機の音のサンプリングが1分近くイントロに使われるという斬新な構成で、その後もノリの良いメルヘンチックなオーケストラが展開されます。「何にも良いと思えない」という救いようのないサビの歌詞とは裏腹に、バンドサウンドが排除された鮮やかで素敵なメロディが奏でられるので二律背反感が心地よいですね。とっつきやすさなら本アルバムで一番かと。
一体どんな生活をしていたら「TV番組のサンプリングの上に掃除機の音被せた方がいいな」なんて思い付くんでしょう。

6) 茎
シングルと異なる日本語バージョンでの収録ですね。大名遊ビ編(原曲の英語版)も緊張感溢れるストリングスの伴奏が本当に儚く繊細なんですが、個人的には弦楽器の主張が抑えられ、箏やドラムが加えられたこちらの版の方が狂気と陰鬱さが増して好みです。特にラストサビの歌唱は毎回胸を刺されます。

7) とりこし苦労
なんと前半は浮雲さんのボイパでリズムが刻まれる、超異色なナンバー。サビでは一瞬だけ不穏なコードのピアノの和音が挿入されたかと思えばAメロの雰囲気にすぐ戻るという、R&Bなのかヒップホップなのかよく分からん曲です。曲の全体の進行は同じリズム形式で統一されているので、まぁまぁ良い曲なんじゃないでしょうか。

8) おこのみで
一番長い曲ですね。途中で東海道新幹線の車内アナウンスがそのまま挿入されたりと突拍子もない仕掛けは健在ですが、基本は加工されたピアノとストリングス、ドラムを軸にした比較的単純な感じです。

9) 意識
最初こそやかんから湯気が吹き出したようなSEの多発で幕を開けますが、そこから始まるのは至ってシンプルでソフトなギターロック。しかし目立って盛り上がるサビが無いなど一聴では掴めない曲構成や、中盤で突如現れる中華鍋を叩いたような音に加えてリズムが消えたかのようなスネアの連打など相変わらず変な展開を見せてくれます。

10) ポルターガイスト
今度は電車の通過音と踏切の警笛から...と思いきやその警笛が急にスピードアップし、三拍子を刻むメトロノームの音にそのまま変化したのには驚き。ただ不可解現象を指すタイトルとは裏腹にサウンドはアルバム屈指の優しさで、センチメンタルな愛おしさが淡々と刻まれ奏でられていくようで本当に心が安らぐんですよね。さてここで心身ともに浄化されたところで、問題のエンディングへと突入します。

11) 葬列
断言します、今まで様々な音楽に耳を通しましたが、この曲が断然で最も恐怖で悍ましいです。本作のクオリティの高さを持ってして邦楽史上随一の怪作と言われる所以は、トップバッターの宗教と、終わりを突きつけるこの曲たるものでしょう。
和楽器と電子ドラムを融合した単純な構成で始まりますが、2分を超えた辺りで生ドラムが入り突如として乱雑なサウンドに様変わりしてしまいます。その後一旦ボーカル以外立ち去ったと思いきや終盤で再度復活し、何の予兆もなく何故か全体のボリュームが1.5倍くらい上がりそれが止まりません。そしてこれまた起承転結の結を失ったかのような、盛り上がりの最高潮を見せたところでスッパリと切られてしまいます。まるでアルバム後半で影を潜めていた狂気と陰鬱さが、何かのとっかかりで再燃しもう戻らないかのような。死ぬ前の最後の怨念を誰かに向けて振り絞っているような。
ただメロディに関してですが、正直アルバムの中でも迫力に欠けている方だと感じます。ただでさえ歌唱が少ないこの曲ですが、同じ方向性でも「宗教」の方がサビメロの美しさと儚さでは到底叶わないですし、間奏の曲構成も転々とするので逆に覚えられませんでした。
アルバム最後の切り札としては良いんですが、名曲と言わしめるには肝心なメロディの部分で足りないものがあると感じざるを得ないです。

まとめ

このレビューの為に無罪や勝訴と併せて何周も聴きましたが、はっきり言って加爾基が最高傑作です。前2作のシンプルなダークギターロック路線も凄まじいし「虚言症」なんか絶賛ヘビロテ中ですが、やはり本作が持つアルバムとしての途轍もない完成度、和洋折衷と古風な和楽器アンサンブルの両立をここまで突き詰めた芸術性が僕には気に入りましたね。本作ほど全楽曲に予想の裏を行く味わい深い仕掛けや複雑なサウンド作りがされたアルバムは初めてでした。

皆さんも時間があれば是非聴いてください。椎名林檎という稀代の音楽家の崇高さについて、僕なんかが語るより理解いただけるはずです。

評価: ★★★★★

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