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Vol.2 からだが変われば、心が変わる - メタバースで変化した私
VRChatの世界に足を踏み入れて、3年という月日が流れた。長いようでもあり、あっという間だったようにも感じる。この3年間、私は多くのアバターを纏い、様々な人々と出会い、現実とは異なるもう一つの人生を歩んできた。今回は、そんなメタバースでの経験を振り返りながら、アバターが私自身にもたらした変化について考察してみたいと思う。
アバターの使用が、人の行動や心理に変化を及ぼすことは、すでに様々な研究で示されている。その代表例が「プロテウス効果」だ。これは、人々がアバターの見た目や特性に影響を受け、その行動がアバターのイメージに近づいていく現象を指す。例えば、背の高いアバターを使うと自信に満ちた振る舞いになり、魅力的な外見のアバターを使うと社交的になる傾向があることが、実験によって示されている。また、スーパーヒーローのアバターを使った人は、そうでない人に比べて、他者を助ける行動を多くとったという報告もある。これらの例からもわかるように、私たちは、アバターという「仮の身体」を通して、現実世界とは異なる自己を演じ、そして、その自己像に知らず知らずのうちに影響を受けているのだ。
私自身、VRChatでは「アッシュ」という名前のアバターを改変して使っている。元々はボーイッシュなキャラクターだったが、改変を重ね、今では可愛らしい女の子のアバターになった。身長も、実際の世界の私よりずっと小さく、1メートルにも満たない。この小柄な女の子アバター「アッシュちゃん」をベースにした「水瀬ゆず」として活動する中で、私自身の行動にも、はっきりとした変化が見られるようになった。
まず、性格的な変化として、現実世界ではあまり見られなかった「いじられキャラ」的な側面が、メタバースでは強く表出するようになった。これは、小柄な女の子アバターを使用していることが、周囲の行動を無意識のうちに誘導しているのかもしれない。
そして、もう一つの大きな変化は、他者への共感や寄り添い方の変化だ。VRChatで友人と会話をする中で、相手が苦難や困難な状況にある時、現実世界では「大変でしたね」と傾聴するに留まっていたような場面でも、メタバースではより深く、積極的に寄り添えるようになったと感じている。例えば、相手のアバターの頭を撫でたりなど現実では難しいスキンシップを自然に行うことで、言葉だけでは伝えきれない共感や慰めの気持ちを表現できるようになった。
25歳という年齢で、現実世界で新たな友人を作ることは、簡単ではない。しかし、メタバースでは、現実よりもずっとスムーズに、深い人間関係を築くことができている。それは、アバターというフィルターを通すことで、外見や年齢、社会的地位といった現実世界の属性に縛られず、より純粋に「内面」で繋がることができるからかもしれない。
このように、私たちは、想像以上にアバターから影響を受けている。しかし、ここで注意しなければならないのは、「なりきり」による過剰な同一化のリスクだ。例えば、一部のVTuberが、長期間にわたって特定のキャラクターを演じ続けた結果、精神的な不調をきたすケースも報告されている。これは、「役割取得」という概念で説明される。特定の役割を長期間演じ続けることで、その役割に没入しすぎてしまい、現実の自分との境界が曖昧になり、結果として、自己同一性の混乱や、精神的な疲弊を招いてしまう可能性があるのだ。
私自身、別のアカウントで、あるキャラクターになりきってロールプレイを続けた経験がある。その時は、自分でも気づかないうちに、現実世界でもそのキャラクターのような言動をとるようになってしまい、周囲から指摘されてハッとした。
メタバースにおける自分と現実の自分。アバターを使用する以上、両者は多かれ少なかれ相互に影響し合う。そのことを自覚し、過度になりきりに陥ることなく、バランスを保つことが、メタバースを健全に楽しむためには不可欠なのだ。 メタバースにおける自分と現実の自分は完全に同一化することはなくとも、多少なりとも影響しあう。そのことを意識して、健全にメタバースを楽しんでもらいたい。
参考文献
・Yee, N., & Bailenson, J. (2007). The Proteus effect: The effect of transformed self-representation on behavior. Human communication research, 33(3), 271-290.
・Rosenberg, R. S., Baughman, S. L., & Bailenson, J. N. (2013). Virtual superheroes: Using superpowers in virtual reality to encourage prosocial behavior. PloS one, 8(1), e55003.
・Mead, G. H. (1934). Mind, self, and society (Vol. 111). Chicago: University of Chicago Press.