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Vol.1 メタバースの私の変化 -「水瀬ゆず」と「yuzu397」の狭間で
2022年1月、私はVRChatの世界に足を踏み入れた。「yuzu397」というIDで。当時、研究テーマとして注目を集めていたメタバースへの純粋な興味、そして、かつて熱中したオンラインゲーム「ドラゴンクエストX」の流れもあり、その世界に没頭するのに時間はかからなかった。
何も考えず、ただ自由に。気の合う仲間と夜遅くまで語り合い、思いつくままにイベントを企画し、開催した。多くの友人ができ、コミュニティが生まれ、毎日が刺激と楽しさに満ち溢れていた。あの頃の私は、間違いなくVRChatを「趣味」として楽しんでいた。
しかし、その後「水瀬ゆず」として法人を設立したことで、状況は一変する。最初の役員会議で、共同設立者であるアシュトンくんから「これからは、法人の役員としての発言になる。軽率な言動は慎むように」と釘を刺された。その瞬間、それまで感じたことのなかった「責任」という重石が、ずしりと肩にのしかかってきた。
法人としての活動が軌道に乗るにつれ、「水瀬ゆず」としての発言が、思わぬ形で切り取られ、拡散されるリスクを意識するようになった。「この発言は大丈夫だろうか?」「誰かに不快な思いをさせないだろうか?」…かつての無邪気な楽しさは影を潜め、常に頭の片隅で、見えない誰かの目を気にするようになっていった。フレンドと他愛のない会話をしている時でさえ、「これを言ったら、どう思われるだろう?」と自問自答を繰り返す自分がいた。発言の一つ一つに気を遣い、言葉を選ぶようになった。
次第に、私は「水瀬ゆず」としてVRChatにログインすることに、息苦しさを感じるようになっていた。誤解を恐れずに言えば、私は今でもVRChatが大好きだ。夜の9時を回った頃には、自然と身体がそわそわし始める。それほどまでに、VRChatは私の日常に深く浸透していた。
しかし、「水瀬ゆずとしてのVRChat」は、「yuzu397」の頃と比較して入りずらくなった。まるで、仕事を終えて帰宅した後も、スーツを着続けなければならないような、そんな感覚だった。もちろん私のやりたいことをやらせてもらっているし、みんなは応援してくれているだけだ。大変有難いことだ。いや有り難すぎるくらいだ。
苦悩の末、私は一つの解決策を見出した。プライベートアカウント、いわゆる「サブ垢」の作成だ。元のアカウントを消したわけではないため、厳密には「転生」ではないだろう。新しいアカウントは、本当に気の置けない、昔からの友人だけに教えた。
この決断は、私に大きな安堵をもたらした。新しいアカウントでログインすれば、そこには「水瀬ゆず」としての責任や世間体は存在しない。誰も私のことを知らない、まっさらな世界。初めてVRChatにログインした時のような、自由で開放的な感覚が蘇ってきた。「芸能人でもない小物が何を言ってるんだ」と笑われるかもしれない。しかし、この「誰も自分を知らない」という環境が、当時の私には、何よりも必要だったのだ。
それからというもの、私はプライベートアカウントに入り浸るようになった。新しいアカウントで出会った人々との交流も、かけがえのないものとなった。
昨年10月には、2つの大学で教員としての職も得た。メタバースにおける知見や経験を、次世代に繋ぐことができる。非常に光栄なことだ。その一方で、「水瀬ゆず」としてVRChatにログインすることへの心理的ハードルは、ますます高くなっていった。
当然ながら、弊害もある。「水瀬ゆず」としてログインしなければ、「水瀬ゆず」としての活動は停滞してしまう。せっかく興味を持ってくれた人たちと出会うこともできず、交流の輪を広げていくことも難しい。そして何より、かつて毎日のように会いに来てくれたフレンドたちが、一人、また一人と、ログインしなくなっていく現実を目の当たりにした。彼らには彼らの新しい居場所ができ、それぞれの道を歩んでいる。それは自然なことであり、仕方のないことだ。それでもやはり、一抹の寂しさを感じずにはいられない。
メタバースで何者かになりたい、あるいは、すでに何者かである人たちに、伝えたいことがある。自分の「個」を守ることはとても大切だ。特に、それがあなたのビジネスや社会的立場と密接に結びついている場合はなおさらだ。もちろん、プライベートとビジネスを完全に切り離すことが正解だとは、私にも断言できない。しかし、少なくとも私は今、二つのアカウントを使い分けることで、心の平穏を保てている。
この先、「水瀬ゆず」と「yuzu397」、二つの自分がどのように交わり、あるいは袂を分かつのか、まだ分からない。それでも今は、大好きなVRChatを楽しみたい。何も考えずにVRChatを楽しむ時と、夢に向かって活動する時を使い分けながら、思う存分メタバースの世界を謳歌したい。それが、今の私にとって、最も心地の良い生き方なのだから。