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Vol.22 本当の優しさとは?──残酷で優しいメタバース
はじめに
VRChatをはじめとするメタバース空間では、人間関係がリアル以上に“濃密”だと感じる瞬間がある。困っている人には親身に対応し、落ち込んでいる人を慰め合い、ハグやなでなでといった身体的なスキンシップも珍しくない。
「とにかく優しい人が多い」と言われるVR空間だが、そこに“本当の優しさ”はどのように実現されているのだろうか。ただ相手を肯定し続けるだけの“甘やかし”ではないか。むしろ、かえって相手の成長機会を奪う残酷さが潜んでいないか。本稿では、メタバースの「優しさ」をめぐる光と影に迫りながら、“本当の優しさ”とは何かを考えてみたい。
1. メタバースで感じる“優しさ”の魅力
VRChatに日常的にログインしていると、「この空間は優しいな」と感じる場面が多い。たとえば操作に困っているとき、誰かが手取り足取り教えてくれる。あるいは、落ち込んでいる人を見かけると「大丈夫?」と声をかけ、ワールド内でスキンシップを交わすなど、温かい雰囲気が広がる。
リアルでも親切な人はもちろんいるが、メタバース独特の“手厚さ”は一時的な悩みを軽くし、「ここなら居ていいんだ」と思わせてくれる。それが一つの大きな魅力となり、多くの人がVR空間に惹かれているのだろう。
2. “見かけだけの優しさ”が生む停滞
一方で、この優しさが「本当に良い方向に働いているのか?」と疑問に感じることもある。「あなたは悪くないよ」「大丈夫、大丈夫」と肯定し続けるだけで、問題や課題に触れないコミュニケーションが意外と多いのだ。
否定されない安心感は嬉しいものだが、もしそこに本人が本当に改善すべき部分があるならば、いつまでも前に進めない。“甘い言葉”の中でしばしの安息を得ても、結局は成長機会を奪う形になりかねない。
3. “言わない”が招く距離の拡大
VRChat界隈を眺めていると、表面上は仲良く見えるのに、ある日突然「誘われなくなる」「よそよそしい態度を取られる」ケースがある。
実は周囲の人が、相手に直してほしい言動があっても直接指摘せず、「察して」フェードアウトしてしまうことも少なくない。これでは当事者に原因が伝わらず、関係は知らぬ間に崩れてしまうのだ。こうした“言わない優しさ”は、一見穏やかだが、当人にとっては残酷な状況と言えるだろう。
4. エコーチェンバー化するメタバース
言わない優しさが積み重なると、“自分に心地よい言葉だけをくれる人”同士が固まり、合わない人とは断絶する傾向が進む。いわゆるエコーチェンバー現象だ。
外部からの批判や指摘はブロック・ミュートなどでシャットアウトできるため、「愛されている」と感じながらも、実はコミュニティが狭まっているという事態になりやすい。表面的には優しく包まれているようで、そこには“残酷な孤立”も同居している。
5. “本当の優しさ”とは何か
では、一歩踏み込んだ“本当の優しさ”とは何だろう。私は次の三つが重要だと考える。
相手の立場を理解する
まずは相手の気持ちを肯定し、「辛かったんだね」「大変だったね」と受け止める。傾聴した上で課題を提示する
じっくり話を聞いたうえで、もし相手自身に問題点があると感じたなら、それを建設的に伝える。共に解決策を考える
「直せ」と一方的に押し付けるのではなく、どうすれば少しでも前に進めるか、相手と一緒に模索する姿勢を示す。
この三つを踏まえた上での優しさこそが、相手の成長をサポートする“本当の優しさ”ではないだろうか。
6. リスクを負う優しさ
ただし、正直に指摘することで嫌われたり、相手の反発を招くリスクはある。「うるさい」「黙ってて」と敬遠されてしまうかもしれない。しかし、そこを怖れて何も言わないままでは、長期的に見れば相手のためにならない。
本当の優しさは、ある程度のリスク込みで行動することを伴う。衝突が怖いからと何もしなければ、結局は表面的な優しさに終わってしまいかねないのだ。
7. “言い方”を大切に──直球の正論は禁物
相手の問題点に触れるときは、言い方が極めて重要だ。ストレートに正論をぶつけるだけでは、拒否反応が大きいかもしれない。
まずは相手の話をしっかり聞き、共感を示す。
「正論」の押し付けではなく、「この部分をどうにかできないかな?」と一緒に考える。
相手の尊厳を認めながら伝えることで、相手も「聞いてみようかな」と思えるかもしれない。真意は同じでも、言葉の選び方やタイミングで結果はまるで変わってくる。
8. まとめ──“残酷で優しい”メタバースの先にあるもの
VRChatのようなメタバースは、確かに優しさに溢れた場所だ。しかし、ただ受け止めるだけの“優しさ”が相手の成長を妨げる可能性もあるし、指摘しないまま距離を取り始める“サイレント排除”が進行する残酷さも同居している。
もし真に相手を思うなら、相手の痛い部分にも目を向け、言い方を工夫しながら改善の道を探ることが大切だ。大きな衝突を避けたいのは人の常だが、長い目で見ると、“言葉のかけ方”ひとつがメタバースコミュニティをさらに良い方向へ導くかもしれない。
本当の優しさとは、一時的な安心感だけでなく、相手の人生をより豊かにするサポートを真剣に考えること。メタバースが「優しい世界」であるために、私たち一人ひとりがその事実を胸に留めておきたい。