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メディアの情報について表現者や発信者の「目的」を推測すること

高等学校卒業までに全ての生徒に育むべき情報に関わる資質・能力に、「相手の状況に応じて情報を的確に発信したり、発信者 の意図を理解したり、考えを伝え合い発展させたりす る能力」があげられています。

発信者の意図って理解できるのでしょうか?わたしは理解は難しいけれど推測はできそうだと思って授業をつくっています。

そこで、こんな問題を中学2年生の定期考査に出題する予定です。問題自体を生徒に公開しているのでここで紹介するのも問題なし!


問い、制作者や編集者の目的について、二田は以下のように考える。この考えに対して自分の意見を述べなさい。なお、意見を述べる際には、以下のいずれかの方法を用いること。
 ア 全否定し、その根拠を述べる。
 イ 肯定し、以下の意見を受け入れる理由を述べる。
 ウ 一部否定し、その根拠を述べ、別解(自分の意見)を述べる。
 エ 論理の不備を指摘し、正しい論理を再構成したり補足したりする。
 オ 以下の意見に関連する別の話題を取り上げ、根拠を明らかにして自分の意見を述べる。
 日本の小中高では「情報」について学びます。その学びの目的の1つに、「情報の発信者の目的を理解した上で受け手として情報を正しく、あるいは批判的に読み解く能力を向上しよう」というものがあります。
 わたしは情報の発信者の目的を「正しく」理解することは不可能だと思うのです。なぜなら、情報の受け手は、多様な文脈で多様に読み解く人たちだからです。
 多様な文脈とは、たとえば個人で異なる価値観です。「独裁スイッチ」で、ジャイアンがのび太に「グラウンド 20 周」を課そうとしますが、「野球の訓練に必要なことだ」と考える人もいれば「子どもの遊びの野球に訓練なんて必要ない」と考える人もいるでしょう。
 そうした価値観や考え方は、その人が育ってきた環境や学んできたこと、経験によって異なります。そのため、同じ表現でも見る人によって解釈が変わってしまうのです。
 だからといって、私は情報の発信者の目的について推測することに意味がないとは考えません。なぜなら情報についてその内容をよく「吟味する」態度や能力を上げることができると考えるからです。情報について「吟味する」とは、目の前の情報について、深く考え、そして詳しく調べて真実を明らかにすることです。
 そのためには、情報の真偽を、さまざまな他の情報から確かめるだけではなく、その情報が伝えられた目的について推察する必要があります。
 「なぜその情報を発信しようと考えたのか」という発信者の目的について考えることは、フェイクニュースの拡散による混乱が起きている今日、たいへん重要な態度や能力だと言えます。

こんな問いです。さて、どんな回答が生徒の皆さんから集まるでしょうか。テストまで準備する時間が数日間あるので、自分(たち)でいろいろと調べ、考えた回答が集まることを期待します。わたしの想定を超える回答もきっと集まるはず。情報モラル的な学びでは授業者の想定内で学びがなされることが多いと思うのですが、そうならないことが期待できます。それがオモロいと思います。

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