物書きとマジシャン#16
「よお、よく来たな。」
「元気そうだな、今年はどうだ?」
「ああ、思いのほか良く実ったな。」
師匠についてはじめて東の街はずれまでやってきた。
多くの果物の収穫ができるこの時期は、これから冬を迎えるにあたって食料を十分確保する一年の中でも重要な時でもある。
ここより東はどんどん道が険しくなる。
この山々を超えて向こう側へ出るのはさぞ厳しいだろう。
作物の収穫を終えた畑が広がり、木々の葉が風に舞っている。暑くもなく寒くもないが、北風が少し冷たい。
春も好きだが、黄金色の景色に太陽の日差しが暖かいこの時期も好きだ。
「ほれ、味を見てみろよ。」
師匠へりんごがひとつ弧を描いて宙を飛ぶ。
「お、いいね。」
師匠がどこからともなく小さなナイフを取り出すと、シャクっとみずみずしい音と甘酸っぱい香りがした。
「メル、ほら。」
普通なら構わずそのままかじるはずだが、わざわざ切り分けてくれたのが嬉しい。
少し酸っぱいけどおいしい!
「だろ。」
「少し酸味が強い方が、ジャムにするのに向いているのさ。」
そうなんですね!
「こりゃあ、はちみつ漬けなんかたまらないだろうな。」
「夏は桃、秋はりんご、本当にいい山だなあ。」
「りんごはともかく、桃はすぐに傷んじまうからな。そのまま食べることが出来るのはこの辺りの特権だな。」
うらやましい。
「その分苦労もするぞ?虫はつくし、嵐が来たら落ちてダメになっちまう。」
どの作物にも言えることだが、土地が疲れていては良いものが出来ないという話から話題が広がってゆく。
この辺りは家畜を育てている農家も多いので、肥料を作っては良いものが出来るようにと木々や畑の管理に気を遣っているそうだ。
「すっかりいい時間になっちまったな。
今日は泊っていくだろう?」
「ああ、世話になるな。」
「いいさ、そっちの話も聞かせてくれよ。」
「もちろんだとも。」
今日はこの家にお世話になる。
師匠と共に入るといらっしゃいと奥さまが迎え入れてくれた。
よろしくお願いします、と軽く会釈をする。
「あら、今年は一人じゃないのね。」
「弟子のメルさ。」
「まあかわいいお弟子さんだこと。
さあ、もう少ししたら夕飯にしましょうか。」
奥の方から温かい香りがする、シチューだろうか。
「肉も野菜も揃うから、恵まれている場所だな。」
「その代わり、今年は小麦の調子が悪かったよ。」
「西のほうもそうらしい。今年の冬越えは少し苦労するだろうなあ。」
「高くなるから、大変だろうな。」
「だからこうして直接来たってわけさ。」
「お、高く買ってくれよ。」
「まあな、お手柔らかに頼むよ。」
奥さんがにこにこしながら、
「お替わりはどう?」と気を配ってくれる。
素直にお願いしますと器を渡す。
こんなに美味しい料理は滅多に食べられないだろう、そう伝えると「まあ、ありがとう」と喜んでくれた。
きっと長いお付き合いになるだろう。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。