物書きとマジシャン#34
「この辺は放棄地が目立ちますね。」
明け方の暗いうちから出発して、メイサとイリスの境目あたりまでやってきてみた。
ちょうど東洋で言う辰の刻を過ぎたあたりだから、まだ遅い収穫をやっている農家は作業の真っ最中だろうし、暇な人からは話を聞きたい。
時折強い風に小麦の藁や葉が舞う。
風がやってくる方角を指をさすと、少し遠くではあるが山の頂はもう若干の雪が積もっているのが見える。
あの山がちょうどノスとの国境だからね。イリスへ攻めるとしたら、ここが軍の通り道になるからじゃないかなあ。
イリスの北にはまた海が広がっていて、それを囲うようにそれぞれの国の領地が広がっている。
「船を使わないとなると、ここを通るしかないんですね。」
そう。イリスは海軍が昔から強いから、険しい山に囲まれるノスはどうしても不利なんだよね。
「ノスの街は近いんですか?」
ノスは広いからね。ちらほらと集落やちいさな町はあるけど、ノスの中心は馬に乗って最速でも、ここから二日はかかるかな。
「単騎だと速いんでしょうけど、
師団ならさらに時間がかかりそうですね。」
そうだろうね。そもそもノスに近いだけあってさ、この辺はノス系の商団農民が多いんだよ。
「じゃあ、この放棄された土地が多いのは…。」
多くは国に呼び戻された人が多いって聞くけどね。
「せっかく農地として使えていてもそんなんじゃあ安定して作物を供給できなさそうです。」
うちの商団もそうだけど、ノスからのスパイが気になるじゃない?
特に独自の加工を施して高く売れる商品の技術を盗まれないかってさ。
「はい。
うちでは皮紙に関する技術が漏れるのはまずいですね。」
向こうも似たようなもので、そうした技術のほかに、そもそも商売で蓄えた資金で武器を買ったりしてクーデターを企んでいないかいつも気にしているんだよ。
「え?メイサはノスじゃないのに。
そういうのからは解放されていそうですけど。」
密告されるんだろうね。
「どういうことです?」
住民が住民同士を監視するでしょ。
そして小さなことでも密告することによって少なくとも自分の家系は国を裏切ったりしないっていうアピールにもなるんだよ。
「…大変だ。」
多分だけど、家族総出でメイサに来ている人はいないと思うよ。
「農家は人手が要るのに?」
そう。
確か、自分の子供か親は国に置いて来ないといけないんじゃないかな。
「ああ、なんかもうわかる気がします。
人質ですね。」
だから、安くてもこの辺の畑に手を出すのは辞めた方がいいだろうね。
あまり聞き出せないだろうけど、何か良さそうな話なら煙草の葉を使って話だけ聞いて回ってみようか。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。