物書きとマジシャン#29
「師匠はなんで父の弟子になったんですか?」
秋の朝はすっかり冷え込み、吐く息も白く朝日の中に浮かび上がる。
年中同じように感じるこの露店通りも、季節によって店頭に並ぶ品物の色取りが変わるから、これからやってくる季節をより感じるから面白い。
夜は大変な目に遭ったというのに、街はいつも通りだ。
火の海になっていないだけで、実は毎日が奇跡なのかもしれない。
師匠の跡をいつの間にか自分がやるようになって、まるで最初から決まっていたかのように、今では師匠の息子があの頃の自分のように師匠と呼ぶ。
慣れないのもあるが、最初はもちろん周囲の目もある。
だからせめて"姉さん"と呼んでと言っても未だそう呼んではくれない。
なぜかと聞いたこともあったが、アレクなりの考えがあるらしい。
「姉弟だと思われると、知らない商人に甘くみられるでしょう?
それにまあ、別にいいじゃないですか。」
あの頃の自分よりは今のアレクの方が歳は少し上だから、しっかりしているのかもしれない。
「――ねえ師匠、聞いてます?」
ん?ああ、ごめん。
ええと、師匠の弟子になったのは、だっけ?
「ええ、父の弟子にって話ですが、偶然だったんですか?」
うーん、あんまり話したくないけどなあ。
「すみません、なんか変なこと聞いちゃって。
よく考えたら、メルさんのことをよく知らないなあって思いまして。」
そういえば不思議な関係だよねえ。
ははは、と軽く笑って見せる。
テントがやや北からの風に煽られてパタパタと音を立てているのを感じながら、周囲の人達の耳を意識する。
僕はねえ、両親の顔を知らないんだ。
アレクが複雑な顔をするから、続ける。
今の時代、それ自体は珍しいことじゃない。
だから孤児院みたいなところで過ごしていたのは覚えてるんだ。
そんな小さな世界でも微妙な上下関係みたいなものがあってさ、気が強い子がいつも何かしら強いんだよ。
気の弱い子のご飯を取り上げて食べちゃったりして、泣いて大騒ぎ出来るくらいの自己主張が出来ればまだ生き残れるだろうね。
大人も全員を平等に把握できるわけじゃ無いから、それを解っていてやる子供もいるくらいには大変な世界だったなあ。
「なんて言ったらいいか…。」
まあ、もうほとんど忘れかけてたからね。
今の僕があるのは師匠、アレクのお父さんのおかげだよ。
「…はい。」
友達なのか知り合いか、何かのつながりがあったらしくて、師匠は何回か訪ねてくる人だったんだ。
「へえ、顔が広かったんですね。」
そんな中で確か、話しかけられたのかな。
今思えば、簡単ながら文字も教わってたと思う。
土地の奪い合いから略奪まであって荒れてたから、毎日の食事もちょっと臭いのする肉のスープだったり、苦手だったなあ。
そこで聞かれたんだ。
君に3つのうちどれかをあげよう、どれを選ぶかい?って。
「へえ、どんなものだったんですか?」
それはね、
・銀貨10枚
・君の身体の重さの半分ほどの小麦
・クリーウ牛のステーキをお腹いっぱい
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。