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物書きとマジシャン#19

「父は結局なんて答えたんです?」

 ん、何を?

「ほら、名誉は人に譲った方がいいって。」

 ああ、それね。

🔽前回まで

 山のふもとのりんご農家へと買い付けを終えた帰り道、空気の冷たさが秋と冬の境目を実感させる。

 すでにりんごを載せた荷車はメイサへと向かっているので、アレクに師匠との昔話をしながら荷車に追いつくべく歩を進めているところだ。

 ちょうど今の時期くらいだったから思い出したのだろう。


 食べ物だって人にあげると喜ばれるじゃない?

「はい。僕もそれは嬉しいなあ。」

 じゃあさ、誰かから貰うばかりを待っている人ってどう思う?

「それは…。」

 人の世界って 物だけじゃないんだ、形が無いものを他人にあげたりもらったりすることができるからさ。

「どういうこと?」

 例えばそうだなあ、アレクが覚えているかわからないけど、お父さんの師匠と過ごした思い出とか。

「…そうか。
なんとなくだけど覚えてます。」


 僕..私はいつだったか、桃のはちみつ漬けをおつかいに行った帰りに流浪人に襲われちゃってさ。

「襲われたの!?」

 でも、そのお店のご主人が出てきてくれて助かったんだけど、帰ってきて思いっきり泣いちゃってさ。

 アンナさんがあやしてくれたんだ。

「へえ、そんなことが。」

 君も一緒に私につられて大泣きしたんだから。

「ええ?知らなかった。」

 アンナさんみたいに優しいお母さんになりたいって思ったよ。

「そうだったんだ…ですね。」

 そうだよ。

 でね、名誉の話は私も師匠に尋ねたんだ。


『なあ、メル。』

 はい、師匠。

『名誉なんか後からどうにでもなるもんさ。』

 どういうことです?

『今、俺はお前とこの商売で糧を得るためにやってるだろう?』

 はい。

『まずはそれを作り上げて成し遂げないとな。』

 そうですね…。


『ん?なんとなく納得してないようだな。』

 いや、どうせならその名誉も貰っておくと商売が楽になるんじゃないかと思って。

『お、考えたな。
まあそれが普通だよな。』

 はい。

『名誉で飯を食おうと思ったら、以降はずっと信用されなきゃならない。仮にその信用を失えばせっかくの名誉も商売もろとも終しまいさ。』

 なんだか怖い話ですね。

『そうさ。一時はその名誉で客は集まるかもしれん。だが、それを利用して商売をすれば最初は儲かるかもしれんが、それは少なくとも自分の商売の実力じゃない。』

 んん?ちょっと難しいです。

『まあ、難しいか。
 名誉に頼って商売をするとさ、下手なことが出来なくなるし、信用に関わる失敗をやらかした時に嘘をついて隠さざるを得ないなんてことにもなっちまう。』

 まだ頭を抱える僕に少し笑いながら師匠が続ける。

『実力が無いのに、中途半端に成りあがった人間の哀しい末路だな。』

 なんとなくわかる気がしますが…。

『そうだなあ。商売で得た信用なら、ちょっと失敗してもきちんと向き合えばなんとかなるもんさ。』

 そのうちわかるもんでしょうか。

『ああ、きっとな。それに、』

 それに?と言うと、師匠がなんとなく話したがらないように見える。

『あの話にはきっと裏があるな。』

 裏、とはなんだろう。

『連盟はさんざん揉めていただろう?
だけど今回その話が通ったという事は、その揉める原因だった何かを乗り越えたから話が通ったはずなんだ。』

 なんだか難しいですが、怖い気がします。

『そして名誉を出すと言ってきた。
ここから考えられるのは…。』

 …。

『名誉を餌に、
連盟の手先として都合よく動いてくれる人間を作りたいんだろう。』


「――怖い…。」

 怖いよね。

「でも、そうとも限らないんじゃ…。」

 うん。そうだね。その通りだよ。
私もそう思った。

 でもね、今の私だから理解できるけど、
名誉って周りの嫉妬も買うんだよ。

「嫉妬?」

 そう、何であいつばっかりとか。
あいつが上手くいってなんで俺が上手くいかないんだとか。

「うわあ。」

 そう。だからこそ本業の商売と、急に降ってきた名誉を切り分けた師匠の咄嗟の身を守る考え、知恵だったのかもね。

 やっぱり、実力って大事なんだよ。


※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。


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