物書きとマジシャン#26
「二人とも充実していて幸せそうでしたね。」
そうだね。
ヴォルガの酒場を後にして、寝静まる頃合いの道沿いを二人して自宅へと向かう途中、ふと見上げると星々が空からあふれそうなくらいに広がる。
この時期は空気が澄んでいるのか、一年の中で特に夜空が透き通って見えるようだ。
その代わり、少し厚めのジャケットでも羽織っていないと寒い。
前回までのお話はこちら↓
前に師匠と行った時に、ヴォルフさんが言ってたんだ。
「へえ、なんて言ってたんですか?」
それはね、
「俺が店を継いだら、親父の眼帯を店のロゴとして看板に描くんだ」って。
「そういえば、戦闘か何かで負傷されたんですかね?」
「私もそう思ってたんだけどね、違うんだってさ。」
「何が違うんです?」
「あれはね、ヴォルガさんが店を開業するために酒樽をメイサに運んでくる途中で、野盗に襲われた時の傷だって。」
「ああ、貴重ですからね。
護衛もつけずに運んでいたんですか?」
「無理も無いよ、ほとんど全財産はたいて店とお酒を用意したんだから。」
「それは…命がけだったんですね。」
「そうだね。だから、酒樽を奪われるくらいなら死んだ方がマシだってくらいに、一人で戦った勲章だって言ってたな。」
ただ降ってわいたような幸運にあやかるように、手札がショボいからと嘆いて成功した人はこの街にはいない。
「なるほど、だからヴォルフさんは店の看板をそうしたいって言ってたんですね。」
お?話が早いねえ。何せ初代が文字通り命を張って作り上げた店だから、それを代々後世にもその思いを忘れないで欲しいんだってさ。
「それは、簡単に連盟の言いなりになんかはならないと思えますね。」
ほんとそうだよ。
だから、師匠の心配は当たらなくて良かったと思ってる。
「あの二人を見て、父が連盟の名誉を受けなかったのは正解だったと思います。」
私もそう思う。
師匠には悪いけどね。
「ヴォルフさんは評議員を辞めても、本業の店がありますしね。」
あと二十年はヴォルガさんはお店に立ってるんじゃないかなあ。
「確か、、え?そうなると八十歳のマスターですか。」
いいじゃない。
「すごいなあ。」
戦争が日常だった過去からすると、五十歳を超えて生き残る人は稀だ。
もちろん、巻き込まれて亡くなることもあるがそれ以上に、物資という物資が枯渇するので、非戦闘員どころか兵士の食料まで事欠く事態になる。
栄養状態なんてまともに維持できるわけがない。
泥沼化すると国は後戻りできなくなり、若者を徴兵しては「死んでくれ」としか言えなくなってしまう。
報酬は名誉、将来の税を免除するくらいだ。
資金や物資を報酬なんかで出す余裕などない。
一番戦争に近い街と言われてきたこのメイサが、戦争にいちばん遠い街とも言われるようになってきた。
戦争になるのを不安に思い、政情が不安定な国から若い人を中心にメイサに移り住む話を最近よく聞く。
北のノスなど、強権的な国から逃れてくる人が多いような話が酒場で聞こえてきたし、もしかしたらすでに何かが起こっているのかもしれない。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。