物書きとマジシャン#21
郊外の自宅、正確には師匠の自宅隣の納屋を改造したねぐらなのだが、ここで寝起きしてもう長い。
この場所を作ってもらったのはいいが、夏は暑く冬は寒かった。
🔽前回まで
西から商人たちが運んでくる小麦を大量に乗せた荷車の先を追い、自分で運べるだけの麦藁を貰ってきては壁や床に詰め続けてきた。
その結果、すっかり断熱が効いて過ごしやすくはなっている。
だが、やはり宿の部屋とベッドに適うものでは無い。
しかも、りんご農家ナザックさんのお宅にお世話になって帰ってきたばかりだから、その落差を余計に感じる。
ただ、自分の居場所があるというのはありがたい。もし、行方不明の師匠と出会っていなければどうなっていただろう。
まだアレクが産まれてからしばらくは母屋の物置を小さな部屋として使わせてもらっていた。
わざわざ荷物を除けてまでそうしてくれて、世界にはこんな良い人がいるのかと思った。
もちろんベッドなんか無いが十分だ。
それこそ麦わらや布を寝床にして寝慣れている。おひさまの光をたっぷり浴びた香がするのが大好きだし。
ただ、小さな家だから何を話しているかくらいは嫌でも聞こえてくる。
例えば、師匠とアンナさんのちょっとした喧嘩なんかがそうだ。
僕が弟子入りするまでなかなか子供を授からなかったためか、アレクが産まれた時はそれはもう大喜びだった。
僕ももちろん嬉しかったが、何となく嫌な予感がした。
師匠に息子が出来たことで、弟子としての僕はどうなるのかという危機を子供ながらに感じたのだ。
所詮は他人に過ぎない。
アンナさんはもちろん自分の子供に受け継がせたい。
その思いと師匠の僕を引き受けた責任が、夜な夜な夫婦の間で静かな争いになっていたことをよく知っているし、よく覚えている。
そうしている間に、危険を避けるため少年として周囲に振る舞ってきたが、さすがに身体の成長はごまかせなくなってきた。
アンナさんはそんな僕でも優しく接してくれたが、どこかまだ納得していない気持ちは十分に伝わってくる。
意地が悪い人ならとっくに追い出されていたか、下手をすれば命が無かったかもしれない。
そこで、僕は隣の納屋を使わせてもらえないかと師匠に相談をした。
アンナさんの機嫌が悪い時は、目に触れたくなかったからだ。
師匠の後継ぎはアレクだ、そう僕も思っていると僕自らが身を抑えることでアンナさんに信じてもらえるとなんとなく感じたのもあった。
師匠はそんな僕の窮屈な思いに気がついたのか、「わかった、用意しよう」と言うとあとは何も言わなかった。
その日の夜だ。
夕食を終え眠りに就こうという時間、また二人の話し声が聞こえる。
ひとしきり何かを言い合った後、ふと冷静になったのか静まり返る。
その後に続いた師匠の声がはっきりと僕の耳に届いた。
「こんな世の中だ。俺の身もいつどうなるかわからん。
そんな時、お前とアレクを食べさせていってくれるのは誰だ?」
カタカタと風が屋根に当たる音がする。
「俺の仕事を知るメルしかいないだろう。」
師匠は、ここまでの言い争いに文字通りの終止符を打った。
アンナさんには他に頼れる身内がいなかったのだ。
それ以降、アンナさんは誰かと入れ替わったかのように穏やかになり、僕は師匠が整えてくれた納屋で寝起きをするようになった。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。