物書きとマジシャン#2
「よし、これで取引成立だ。」
「世話になったな、サウスを回るからまた一年後な。」
「わかった、また旅の話をしてくれ。」
師匠が一枚の皮紙を手渡しながら、ラナフさんとがっちり握手を交わす。
「ああ、もちろんだ。達者でな!」
「いい旅を」
名残惜しそうにゆっくりと荷馬車の車輪が回り出した。
「また来年…か。」
荷馬車が見えなくなると、お師匠がそうぽつりとつぶやく。
僕がそんな師匠を見上げていると、気づいたらしく。
「また会えると信じてはいるが、これが最後になるかもしれん。
毎回そう思えてな。」
すると、そうだと思い出したかのように続ける。
「今回、あいつとの取引で渡したのはあの紙だけなんだ。
何か不思議なことはないか?」
と、別れの寂しさを振り払うかのように師匠が尋ねる。
少しやり取りについて思い出してみよう。
荷馬車から皮を荷車にせっせと降ろした。
皮は全部で53枚、1枚当たり銀4枚だ。
そして、イリスで払う。
イリスってそもそもなんだろう。
そう少し口に出すと、ああと師匠が付け加えてくれた。
「イリスはなあ、ここから西へずっと行くと辿り着く国なんだ。
これから冬になるだろう?あっちの宗教、つまりその国に住む人達が信じる神様の祭りがあるんだよ。」
師匠が続ける。
「国が違うから、使ってるお金も違う。
イリスのお金もこっちのお金も、金、銀、銅と種類は大差がないが、別の物を使っているんだ。」
そう言いながら銀貨と銅貨を見せてくれた。
どちらも普段ここで使っているものだ。
銅貨は僕にもわかる。
これ1枚で一食分、大人の量で十分な食事をすることができる。
「金貨はちなみに今は無いぞ?」
なぜだろう?商売上必要ではないのだろうか。
「そう思うだろう。だが、周りを見て見ろ。
こんな露店でそんな貴重なもんを置いているとしたら、お前ならどうだ?」
師匠が不気味な笑みを浮かべて言う。
ちょっとした隙に盗まれたり、どうかしたら強奪されそうだ。
「そう。みんないい奴に見えるが、内情はわからん。
今日は良くても、明日はすっからかんかもしれん。
腹が減ってどうしようもないならお前もわかるだろう?」
そう、いけないとわかっていても、つい手が出てもおかしくはない。
「ラナフは、これからオオカミやらなんやらいる土地を渡り歩く。
だが、恐ろしいのはそんな動物だけじゃない。
盗賊だっているのさ。」
では、お金は渡していない?
「そう。あいつに渡したのは取引の証書だ。」
しょうしょですか?
「そうだ。契約書みたいなものだな。
ここに置いていないだけでまとまったお金は全部、うちが加盟する商人団体に預けてあるんだが、イリスにもその支店があるんだ。」
今一つ吞み込めないでいる僕に気づいたお師匠が、はははと笑う。
「まだ難しかったか。
まあ要は、代わりに皮の代金を払ってくれる仲間が向こうにいるから、ラナフはそいつを訪ねるってことだな。」
おお、すごい。
「そのうちわかるようになるさ。」
師匠がついでにと付け加える。
「たとえ金を持っていても、持っているなどと周囲に言わんことだ。
何の得にもならんだけじゃなく、危ない事にしかならんからな。」
よく覚えておけよと。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在するものとは一切関係がありません。