3/6「僕の大切な弟」ショートショート
僕が小学校4年生のとき、父さんと母さんが離婚した。
僕は父さんと、弟は母さんと住むことが決まっていた。
その時小学校2年生だった弟は別れを寂しがって、わんわん泣いた。
弟がわんわん泣くから、僕は弟を慰めることばかりで、思い切り泣くことができなかった。
涙をこらえて弟を慰めた。
父さんと母さんが別れても、僕たちが兄弟だっていうことは変わりない。
いつでも会いに行ってやるし、なんかあったら兄ちゃんが助けてやるからな。
最後の最後に精一杯、いいお兄ちゃんを演じた。
父さんと僕は、父さんの会社近くのマンションに引っ越した。
母さんと弟は、僕らの住むところから遠く離れた県に引っ越した。
簡単には会えない遠い距離に二人は引っ越してしまった。
母さんや弟に会いたくても、自分一人では行けない。
いつも忙しそうにしている父さんに連れて行ってとも言いづらい。
それでも新しい環境に慣れるのに忙しく、だんだんと母さんや弟に会いたい気持ちが薄れていった。
それから数年後、父さんは再婚した。
再婚相手には娘が一人いて、娘は僕より年上だった。
僕はお兄ちゃんじゃなくて、弟になった。
母さんも再婚したらしい。再婚相手との間に、女の子をもうけた。
弟はお兄ちゃんになった。
新しい母さんや姉さんが僕によくしてくれればくれるほど、母さんや弟のことを口にしてはいけない気になっていった。
なんとなく、二人に対する裏切りのように思えてしまった。
そうして僕らは別々の場所で大人になっていった。
弟に会わないまま数年の歳月が流れた。
ある日、結婚式の招待状が届いた。弟からだ。
よろしければ、ご家族そろってどうぞとのこと。
父さんと僕だけでなく、母さんと姉さんも招待してくれた。
結婚式当日、式の前に新郎側の控室にみんなであいさつに向かった。
そこにはタキシードに身を包み、緊張した面持ちの知らない男性がいた。
話かけるのをためらう。
タキシードの男性が僕に気づき、一気に破顔した。
それを見たら、胸に温かい懐かしさがあふれ出てきた。
ああ、弟だ。
にいちゃん、と言って僕に駆け寄る、子どものころと変わらないあの笑顔。
「にいちゃん、来てくれてありがとう」
涙目になって弟が言う。
「式の前に泣くなよ。せっかくピシッときまっているのに、台無しだぞ」
僕も涙目で答える。
僕の父さんと母さんと姉と。
弟の父さんと母さんと妹と。
みんながにこにこしながら、涙を浮かべながら僕らのやり取りを見守っていた。
「いつも頼りないくせに、弟さんの前ではしっかりしたお兄さんになるのね」僕の姉さんが笑いながら言った。
「うちのお兄ちゃんも、いつもしっかりしているのに、お兄さんの前ではとたんに甘えっこなのね」弟の妹がいった。
僕らはずっと別々に暮らしていた。
僕はお兄ちゃんではなくなったし、弟も弟ではなくなった。
でも僕らは二人そろうと、とたんに兄弟に戻れる。
君は僕の大切な弟。
(了)