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3/5「サンゴとたゆたう」ショートショート
3月5日 珊瑚の日
サンゴ=35の語呂合わせと、3月の誕生石が珊瑚であることから。
珊瑚は刺胞動物門(クラゲやイソギンチャクも刺胞動物)に属する動物。
刺胞動物は触手に刺胞(毒針)を持つ。
ポリプと呼ばれる小さな個体がたくさん集まって群体を形成している。
お父さんがアクアリウムを始めた。
水槽がリビングの端に置かれる。
生き物を飼うなんて初めてだから、ぼくはすごく嬉しい。
澄んだ水の中、青く小さくきれいな魚が泳いでいる。
カラフルな石のようなものと、ふわんふわんしているイソギンチャクもいる。
ぼくはいつも夢中でそれをながめている。
ここに真っ赤な金魚も入れてみたい。
お父さんにそう言ったけど、これは海水で、金魚は淡水だから無理だって。
川の生き物と海の生き物は同じ水では生きられないらしい。
カラフルな石のようなものはサンゴというものだと、お父さんが教えてくれた。
これでも動物らしい。
これが、動物なの? ぼくは信じられない。
サンゴもイソギンチャクも見た目だけでは動物に見えない。
ふしぎな生き物だなあ。
あきることなくながめていると、ぼくの意識はとろんとしてくる。
夢なのか現実なのか分からないような、ぼんやりしたまどろみに引き込まれていく。
青い世界にぼくの意識がとけていく。
ぼくは水槽の中にいて、泳ぐ魚にまざっている。
青い魚と、ふしぎな生き物サンゴとイソギンチャク。ぼくもその世界の住人。
あたりまえのように、ぼくもそこにいる。
「たべるの」
なにかの声がきこえる。
「ねえ、わたしたちをたべるの」
青い小さな魚がひそひそとぼくに話しかけてくる。
食べないよ。ぼくはやさしく答える。
「たべないなら、なんのためにつかまえておくの」
見るためだよ。
「みるため。わからない。みるためにここにつかまえておくの」
「みるためだけに、わたしたちをここにとじこめておくの」
「なんで、なんで」
きれいだからだよ。きれいだからずっと見ていたいんだ。
夢中で水槽をながめている自分を思い浮かべてそう答える。
「わからない。なんでそんなことするの」
「それがなんのやくにたつの」
「たべる。たべるものをおいかける。たべられないようににげる。かくれる。みんなといっしょにいる。ふえる。それだけ。ほかはわからない」
きれいだから見ていたい。好きだから一緒にいたい。
ぼくは自分の気持ちを一生懸命に説明する。
「わからない、わからない」
「へんなの」
「それがなんのやくにたつの」
「いきるためのやくにたつの」
小さな声で、ひっきりなしに言われていると、ぼくもだんだん分からなくなってくる。
なんでぼくらは魚を飼うのかな。
きれいで眺めていたいから、その満足感。
美しいものを独り占めしたいから、その独占欲。
小さな世界をそこに閉じ込めて神様になったような気分になりたいから、その支配欲。
考えれば考えるほど分からなくなってくる。
ぼくらは、何のためにそれをしているのだろう。
それをしなくても生きていけるのに。
日常のあらゆることを思い返すと、ほとんどそうだよね。
それをしなくても生きていけるのに、ぼくらはそれをしないと気が済まない。
分からない。
「こたえられないの」
「へんなの」
「にんげんって、むだなことするのがすきなのね」
ぼくをからかうように魚たちのおしゃべりは止まらない。
ぼくは何も答えられずうなっている。
珊瑚とイソギンチャクもひそひそと話している。
「どくがあるってしっているくせに、へいきでちかづいてくる」
「こんなところに、いちいちとじこめて、たべものまであたえてくれる」
「でかいかお、ちかづけて、ずっとみてくる」
ひととおりはなし終えるとサンゴとイソギンチャクはしみじみ言った。
「にんげんって、ふしぎないきものだなあ」
(了)