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私の心の栄養~巨人・松原聖弥選手の言葉『なんとかなるよ』~

腹が据わった人間になりたい 
 私は知的な面と容姿に特に強い劣等感を持っている。
 若い頃は、「頭がいい」、「賢い」、「美人」と言われたかった。
 また、そのような評価を受けている人達を自分が努力していないにも関わらず、嫉妬していた。
 しかし、45歳を過ぎた頃、心境に変化が。
 「頭がいい」、「賢い」、「美人」という評価を他人に求めることが馬鹿馬鹿しくなった。それよりも「腹が据わった人間」だと思われたいと考えるようになった。
 このような考えに行き着く数年前から、義母に義弟の再婚相手と容姿を比較され時には人前で笑い者にされて精神的に追い詰められ苦しんでいた。
 精神的に追い詰められ苦しんだ結果、気づきを得た感がある。これに関しては、未熟な私のことをいい方向に導いてくださる友人知人や両親の存在も大きかったのかもしれない。
 現在進行形で修行の日々。
 話は変わるが、野球スーパーエリートが集まるNPBでは腹が据わった人間でなければ生き残っていけないはず。
 NPBで腹が据わった人間だと思っている選手のうちの一人が、巨人の松原聖弥選手だ。
 
私が松原選手に興味を持った理由~「お嬢さんは規格外なんです。諦めてください。」~
 松原聖弥選手は大阪市出身。仙台育英高校から明星大学を経て、2016年に巨人から育成選手ドラフト5位で指名を受けて入団。
 50m5秒8の俊足とバッティングセンスの良さと外野の守備範囲の広さと強肩と判断力の高さが持ち味。
 松原選手に興味を持ったきっかけ。
 松原選手は三人兄弟の次男。お兄さんはお笑いコンビ「ロングアイランド」のツッコミの松原ゆいさん。弟さんはラーメン店開業を目指して修行中。三人とも自分の腕一本独鈷で生きていくようになったのはお父様から、
「お前らの育て方を失敗した。人様のところで会社勤めはできんから、迷惑をかけないように生きてくれ。」
と兄弟3人が集められて言われたというエピソードをスポーツ紙で読んだことだ。
 私事で恐縮だが、私は子どもの頃から無茶苦茶な人間だった。
 幼稚園の時、大学教授のお嬢様が瀟洒な洋館造りの実家で開業していたピアノ教室に野良犬や野良猫や昆虫を持ち込んだ結果ピアノ教室を放校処分になったり、おたまじゃくしを蛙に成長させる楽しみに目覚めて勉強そっちのけで中学校から帰宅後はたも網とバケツを持って近所の田んぼに行きおたまじゃくしを捕まえては水槽で育てて家の庭を蛙だらけにしたり、女優になりたいと言い出したりと両親に迷惑をかけ続けた。
 困り果てた母が親族お抱えの占い師に相談したところ、
「お嬢さんは規格外なんです。諦めてください。」
という返答が。
 その後も高校を辞めたいとか落語家や調理師になりたい等と言い出したりいろいろあった。
 私の場合は松原三兄弟と全く異なり、たぶん「規格外」と書いて「バカ」と読ませる類の人間だと判断されていた可能性が高いと思うので一緒にしてはいけないのだが、勝手に松原選手に親近感を持って応援するように。
 
より良い状態・道を求め続けての『なんとかなるよ』
 2020年に入り、私に様々な大波が押し寄せてきた。
 1月に持病の悪化でドクターストップがかかりパートを辞めざる得なくなった。夏には闘病中だった義父が亡くなり、その後夫は病気で休職。
 閉塞感だらけの中、野球中継を観ることと好きな音楽を見聞きすることで精神の平衡をかろうじて保っていた。
 ある日、雑誌で松原選手に関する記事を読んだ。
 筆者が松原選手に高校時代の自分に何か言えるとしたら、どんな言葉を掛けたいかと訊く場面があった。松原選手は少し考えた後、「『なんとかなるよ』・・・・・ですかね。僕にとっては今の道がすべてピッタリ当てはまる感覚があるんです。」と答えていた。
 私は2020年以降両親や友人知人から『なんとかなるよ』という言葉を掛けられ続けていたが、気休めにしか過ぎない。他人事だと思ってと軽い怒りを覚えつつ聞き流していた。
 そのような中、『なんとかなるよ』という言葉が心の栄養になる日が来た。
 2021年の秋に入り、心身が小康状態に入ったのと、様々な事情からパートを探しはじめた。
 その際に精神科の医師から一番得意だったテレホンオペレーターの仕事に従事することにストップがかかった。
 父から、「口から先に生まれてきた女」と言われ続けてきた私には細かい事務作業に煩わされずに、電話の向こうの人間と話す仕事はある意味天職だった。
 しかし、私が抱える疾患の特性や問題点の説明をしっかりしていただいた上で止められたので納得して従った。
 その結果、経験が少ない職種への応募を余儀なくされ、パート探しは苦戦を極めた。
 今年4月にやっと採用された仕事は接客7割事務作業3割の内容だが、今まで経験したことがないレジ打ちや基本ワンオペでの対応やほとんど経験がない事務作業に今も苦戦。
 先日も大きなミスをし、帰りの電車に重い気持ちで乗車。
 今の仕事をはじめてから、母や友人知人から『なんとかなるよ』と何十回も言われてきたが、自分でも心の中で唱えたり時には口に出したりして心を落ち着かせるキーワードになった。
 松原選手の練習動画等を見た限りでは何もせずに『なんとかなるよ』と思っている訳ではないのは理解できる。より良い状態を求めて適切な判断をして、今の道に合うように日々改善をくり返した上での『なんとかなるよ』なのだ。
 
 より良い状態・道を求めての『なんとかなるよ』。
 この言葉は今の私の最大の栄養だ。
 
参考資料:『がっつり!プロ野球』vol.28(日本文芸社)
     132ページ~137ページ「高校ベンチ外選手がプロになれた理由」
     取材・文/菊地高弘

※このコラムは文春野球フレッシュオールスター2022でガッツ賞をいただきました。