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ときめきの化身

私にとって一番忘れられない恋愛は、大恋愛ではない。勝手に片思いしていたあの時の恋愛。結局、告白さえもしなかった。きっとあの時の恋は、友情とか尊敬とか親愛とか色んなものが混じり合った、とても純度の高いものだった。

ふと、元恋人のことを思い出して何とも言えない気持ちになるときがあるけれど、それとは違う。こんなことあったな、という生易しい振り返りではなく、胸が今でも締め付けられる。

よくあの人の夢を見る。どうしてだろう。恋人だったわけではないからかもしれない。夢の中では相手の好意を感じる設定に書き換えられていることが多い。完全なフィクションなのに、目覚めたときにはとても切ない。

そう、あのひとは私のときめきの化身なんだと思う。あの人自身には夢以外ではもうずっと会っていない。だから、現実のあの人ではなくて私の中で純度の高かったときの気持ちが夢の中であの人を通してときめきとなっている。私の中で概念化してしまったわけだ、あの人は。

こんなこと、恥ずかしくて誰にも言ったことがない。でも、美しいけど切ないような恋愛小説を読んで思い出すのもあの人だし、少女漫画で思い出すのもあの人。それ以降恋愛をしてきたのに、もう10年以上も前の出来事なのに。消化されることのない思いが化身となって、私の中で今でもときめいている。

大好きな小説『ナラタージュ』の一節を彷彿とさせる。

今でも呼吸をするように思い出す。季節が変わるたび、一緒に歩いた風景や空気を、すれ違う男性に似た面影を探している。それは未練とは少し違う、むしろ穏やかに彼を遠ざけているための作業だ。記憶の中に留め、それを過去だと意識することで現実的から切り離している。

島本理生『ナラタージュ』P7

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