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2024.08 立山登山

立山駅に車を止め、もう一人と合流してケーブルカーに乗った。美女平についた。構内の動線に流されて、高原バスに乗った。室堂までは小一時間ほどでつく。高原バスの窓に広がる弥陀ヶ原の林の緑の濃いのを見ると、秋はまだ空の高いところにいるらしかった。バスは立山杉や称名滝の見えるポイントでは速度を落としてくれるのだが、私はバスが見せようとするものの反対方向を見たり、手をいじったりしてしまった。昨晩ずっと車を運転した疲れで、しばしば眠った。

毎年、といっても大学学部2年の頃からだが(そして昨年はいけてないが)、夏の終わりになると立山に登る。盆の墓参のようなものである。

弥陀ヶ原・天狗平を抜けると背の高い木々が徐々に減り、連峰が近くなってきた。途中通り過ぎる、ぽつんと建つ山荘には、今後も泊まることはないだろうと思った。

室堂に先に着いたのは我々2人で、ターミナルの待合室で長野県側からやってくる人たちを待った。空気が冷えていて、半袖だと寒かった。数回来て見慣れてはいるが、立山の室堂ターミナルは「出発する感」を強く感じさせられた。
1時間ほど待つと他のメンバーがやってきた。近況を聞いた。

外に出て日焼け止めを塗り、歩き出した。浄土山の斜面を過ぎた。ここは日が当たらず、いつも雪渓が残っている印象がある。皆で立ち止まって斜面に向かった。

一の越を過ぎ、雄山に着くと人で溢れかえっていた。道中、軽装で飛ぶように尾根を登る人たちに何度も追い越され、その人たちがたくさんいた。彼らは「マラニック」の集団で、麓のカルデラ砂防博物館から雄山までを駆け抜けるらしい。我々は隅の方で休憩し、そそくさと出発した。

雄山から真砂までは人がまばらになった。この区間はアップダウンが少なく、山の斜面を見渡すことができる。山に囲まれた山を歩いた。山の海だった。

真砂から雷鳥沢へ降り、キャンプをした。途中雨が降ったが、レインを出すことはなかった。レインを着るか着ないかの差は大きい。その山行を振り返った時に、レインを着た時間があるだけで曇ってしまうような気がする。だからレインは最後の最後まで着ない。レインを着た山行は、「つらかった」と思う確率が高くなる。

酒を飲み、アルファ米を食べた。米に米が被ってしまった。アルファ米は美味くなく、残した。一人がもってきてくれた魚の干物が頗る美味かった。パイナップルにもありつくことができた。この山行の思い出の中の紅一点みたいなものかもしれない。

翌朝、曇った天気の下、みくりが池の横を通って室堂まで戻った。こんな短い徒歩なのに汗が噴き出た。それは、そんな短い徒歩であっても満足できたということでもある。
そばを食い、適当に土産物をみて解散した。立山で出たゴミは室堂のゴミステーションにすべて捨てた。

西日本に住む私ともう一人は、下界に降りた後、スパ・アルプスなる浴場へおもむいた。サウナにはあまり入り浸らなかった。あがってから、飯を食った。そこでも汗をかいた。

富山駅で別れ、ひとり車の帰路に着いた。彼は、途中メガネをなくしたから家に取りに帰り、またここまで来て車を回収することになっていた。
今回の登山ができたのも、お世話になった先輩の縁が続いているのだと思った。ありがたい限り。

鱒寿司をお土産に買って行ったら、たいそう喜ばれた。実家にいたころに食べた銘柄と違っていて、味も違う気がしたから、今度は食べ慣れたやつを見つけようと思った。