見出し画像

夏だけ見られるナショナル・ロマンティシズムの代表作ヴィットレスク【フィンランド建築】

こんにちは、フィンランドにデザイン留学をしています、Mayuです。

ヘルシンキの街を歩いていて面白いなと思うのは、現代的な建物から、モダニズムの時代のすっきりとした建物、古典的なヨーロッパ風の建物など、ごく狭いエリアの中にさまざまな様式の建物が共存していることです。それらの中で、おとぎ話に出てくるような装飾がついた重厚な石造りの建物を目にすることがあります。これらはナショナル・ロマンティシズムと呼ばれ、フィンランドがロシアから独立する1917年の少し前、19世紀から20世紀にかけて流行した様式です。独立の気運が高まっていたこの時代、フィンランドでは自分たちのアイデンティティを再確認し、文化に反映するという一大ムーブメントが起こりました。この時に参照されたのが、森と湖、岩からなる大地やそこに住む動物たち、また民族叙事詩のカレワラに登場する世界観で、どっしりしたフィンランドの情景に神話的世界観が混ざり合った独特のスタイルが確立されました。このブームは建築分野に限らず、あらゆる芸術で見られます。国民的な作曲家のジャン・シベリウス(Jean Sibelius, 1865-1957)が活躍したのもこの時代で、彼の作曲した「フィンランディア」は今でも、フィンランドのあちこちで演奏されています。

ヴィットレスク(筆者撮影)

ヴィットレスク(Hvitträsk)は、フィンランドの建築家、エリエル・サーリネン(Eliel Saarinen, 1873-1950)、ヘルマン・ゲセリウス(Herman Gesellius, 1874-1916)、アルマス・リンドグレン(Armas Lindgren, 1874-1929)が共同の設計スタジオ兼住宅とした建物で、1903年に完成しました。
1896年に共同事務所をスタートさせたサーリネン、ゲセリウス、リンドグレンは、1900年のパリ万博のために設計したフィンランド・パビリオンが世界で評価されたことで、名実共にナショナル・ロマンティシズムの主導者となりました。当時、またロシアの支配下にあったフィンランドにとって、「フィンランドらしい」表現が世界から認識され評価されることは、この上なく重要なことだったと推察できます。

パリ万国博覧会でのフィンランドパビリオン、1900年(出典:Keski-Suomen museo)


 
ヴィットレスクの建物は天然石と丸太で造られており、部屋ごとに異なる壁紙や調度品が特徴的です。幾度かの所有権の売却や改装により失われたものは多いものの、現在はフィンランドの国立博物館の管理下にあり(フィンランドの国立博物館の建物もこの建築家トリオによるもの)当時の家具の多くが博物館に戻されたそう。ログハウスのような雰囲気なのですが、さまざまに施された独特の装飾とあいまって、ログハウスほどにほっこりと素朴な雰囲気はなく、不思議な世界観が感じられます。

リビングルーム(筆者撮影)
主寝室(筆者撮影)
バスルーム(筆者撮影)
三人が共同作業を行なった作業室(筆者撮影)。窓からは日光がたっぷり差し込み、森と湖が見えます。会議が長引かないように、座り心地の悪い椅子を使っていた、という説明がありました。


三人はそれぞれの家族を伴ってこの地に移り共同生活を送ったものの、若い三組の間には色々ドラマがあったようで、サーリネン夫婦は離婚し、サーリネンの妻がゲセリウスと再婚し、かたやサーリネンもゲセリウスと一緒に移り住んでいたゲセリウスの妹と再婚したそうです。そして、夢のアトリエが完成してわずか二年後の1905年に三人は共同事務所を解散し、リンドグレンはヴィットレスクを去ります。共同作業の期間こそ短かったものの、サーリネンはその後ヘルシンキ中央駅の設計といった大仕事を手掛けるなど、フィンランド建築に彼らがもたらした影響は大きいです。もっとも、ヘルシンキ中央駅が完成する頃には、すでにナショナル・ロマンティシズムの勢いは衰え始めており、1930年のストックホルム博覧会をきっかけに本格的なモダニズムの時代が始まり、アルヴァ・アールトが一世を風靡することになります。

サーリネンによるヘルシンキ中央駅のドローイング(出典:Arkkitehtuurimuseo)

2024年現在、ヴィットレスクは4月から9月までの夏季限定の一般公開となっています(https://www.kansallismuseo.fi/en/hvittraesk)。最寄りのカウクラフティ(Kauklahti)駅までは、ヘルシンキ中央駅から電車で一本、30分ほどで到着します。駅からヴィットレスクへは公共交通機関がないため、駅前ロータリーからのタクシー利用がおすすめです。タクシーは片道25ユーロほどかかりましたので、私は歩いて駅まで帰りました。1時間ほどかかったものの、帰りは緩やかな下り坂が続くので天気が良ければ体感的にはそれほど長く感じません。ヴィットレスクの庭にはオープンテラスのカフェも出ており、美しい湖畔の景色が堪能できます。

いいなと思ったら応援しよう!