1983年 東京ディズニーランド
1.オーディション
1983年4月15日東京ディズニーランドが開園した。
前日から続く生憎の雨で開幕セレモニーの実施が危ぶまれていた。しかい定刻の18時前に雨は上がった。薄暮の中、シンデレラ城正面の中央特設ステージに照明が入った。スピーカーから大音響の東京ディズニーランドのテーマ曲が流れる。オーディションで選ばれたメインキャストが様々な衣装に身を包み一夜限りの振り付けを懸命に踊った。
踊り終った瞬間、ステージを照らしていたライトが消えた。真っ暗闇の中でキャラクターやダンサーは静止した。その瞬間ライトの眩しさで見えていなかった何千人もの観客が目に入った。身体が緊張でぶるぶると震えた。
僕は25歳と2日目に芸能界デビューを果たした。
1983年が明けた。松飾りが取れたころM演劇研究所マネージャーの前川から事務所に呼び出された。
「ユースケ、ディズニーランドのオーディションに出るか?」
「エッ?アメリカのですか?」
「バカ。今度出来る東京ディズニーランドの事だよ。」
「東京にディズニーランドが出来るんですか?」
「四月に千葉にオープンするんだよ。お前、それを知らないの?」
「知りませんでした。」
「少しは新聞くらい読めよ。ところで受けてみるか?」
「ハイ。お願いします。」
「お前は芝居じゃ無理だと思うけど、踊りはイケるからな。」
「芝居も頑張りますから宜しくお願いします。」
劇団の養成所卒業公演に向けて丸刈り頭の僕は、二つ返事で答えた。劇団養成所の中で芝居では目立たないがダンスだけは飛びぬけて上手で劇団員も一目を置かれる存在だった。事務所からは一期先輩で準劇団員の中尾と同期のマサアキの3人で受けることになった。
オーディションの朝、我々3人とマネージャーは地下鉄東西線の浦安駅で待ち合わせた。浦安駅は地下鉄からの延長で出来た新しくて綺麗な駅だった。駅前のメイン通りからバスで舞浜車庫という発着所に行った。そこで無料のオリエンタルランド本社前行きの周遊バスに乗り換えた。
オーディションの話をもらって以来、ほとんど何の情報ももらっていなかった。バスの中で僕は前川さんに尋ねた。
「今日は10時開始ってことですけど、何時ごろ終わるのですか?」
「わかんない。」
「何をやるのですか。」
「踊りとか歌じゃない?」
「どんなショーのオーディションなのですか?」
「知らない。」
小さな劇団の事務所だからなのか、その位の情報提示しかなかったのかは分らないが、とにかく何も分らないままでの参加だった。
「それにしても随分不便な所にあるのですね。」
マサアキが疲れた様な声で呟いた。
オリエンタルランド本社のリハーサルルームに2時間位掛かって到着した。リハーサルルームの扉を開けた。僕たちよりも年上の鍛え抜かれた身体の男性たちが流れる様にストレッチをしていた。
僕たちは慌てて着替えを済ませた。彼らの真似をしながらストレッチを開始した。
「何だかみんな、プロみたいな人たちばっかりですね?」
マサアキが周りを見渡しながら張気味に小声で言った。
「みんなミュージカルのプロの人たちじゃないかな。」
中尾がストレッチしながら答えた。
「この中で何人が選ばれるのですかね~?」
「これじゃ始めから諦めた方が良さそうだね、ムリムリ。」
との返答に地方出身者の僕は戦う前に意気消沈してしまった。
10時丁度に担当スタッフが入室し、今日の予定を発表した。
参加者は総勢で20名弱だった。男性だけのオーディションである。
「本日は東京ディズニーランド、ダイヤモンドホースシューディナーショーのキャストオーディションに参加いただきありがとうございます。」
横文字だらけで何の意味か、全く理解できなかった。
「本日は最初にダンスを午前中に、12時から一時間の昼食休憩を挟み、午後1時から歌を、その後で本読みをやっていただきます。2時過ぎには終わる予定です。最後に本社運営スタッフの方からの簡単な面接をします。
終了は15時、午後3時を予定しています。」
マサアキが小声で
「長いっすね。一日がかりですね。」
僕らは目で同意の合図を送った。
「お昼ご飯に関しましては、持って来た方はこの部屋で取っていただいて結構です。お持ちでない方は隣の建物にカフェテリアがありますので自由にお使いください。セルフサービスのレストランです。」
説明が終わると受付順に3組に分けられた。我々3人は並びで2組目に入れられた。
ディズニー映画で使用されている音楽が流れた。
「この曲が課題曲です。」
振付師がこの曲に合わせた振りをオーディションメンバーに渡す。早くから来てストレッチを流れる様にしていた男性数名は付けられた振りをすぐに覚えた。そして優雅に踊る。我々3人は振り付けの覚えが悪い。いつまでも盆踊りに初参加の様に後手、後手に手や足が続く。初めから出来の悪い3人組と思われそうだ。
30分程振りつけられた。残りの30分は自主練習となった。自主練習中はストップすることなく音楽がリピートで流されている。覚えの悪い我々を見かねた振付師は我々の他に覚えの悪い4人を含め7名に対して何度も繰り返し振り付けた。おかげで僕とマサアキはほぼ覚えることが出来た。中尾だけは盆踊りのままだった。
そして全体を三組に分けられた。振付師に連れられた3名のアメリカ人たちがそれぞれの通訳者の女性と審査席に座った。ダンスのオーディションが開始された。僕はほぼ完ぺきに踊れたが、一か所だけミスした。けれど誤魔化せたかも知れない。一度に6~7人が同時に踊るから見られたかどうかはわからない。自分の大好きなディズニー曲だったので楽しそうに踊れたのは間違いない。踊り終えた我々の組は出口に集められた。担当者から楽曲リストと歌詞と台詞の入った用紙が渡された。午後からの歌の審査ではこの楽曲の中から自分に合った歌を選び、ピアノ伴奏に合わせて歌うようにと伝えられた。
ダンスのレッスン着の上にジャンパーを羽織って、マネージャーと共に4人で従業員専用のカフェテリアに行った。今日の昼ごはんは日頃の環境にない沢山の料理から自分で選べる形式の料理だった。一見安価だが珍しいのでつい取り過ぎて、料金高めの昼めしになった。
各自が料理を選んでテーブルで食べた。洋食を箸でつまみながら
「前川さん、参加者はダンスのプロばかりじゃないですか?太刀打ちできませんよ。」
中尾が言うとマサアキも
「レベルが違い過ぎました。」
踊り以外は全く自信の無い僕は、
「みんな午後の歌だけど、何を歌う?」
「ユースケ、お前何を歌うのだ?」
「この中で知っているのは、この『星に願いを』って奴です。
何回も見たピノキオの中の曲ですから曲を知っているので。」
「養成所の授業でもやったよね。オレもそうしよう。」
と中尾もマサアキも言った。
「でも初見のセリフは、訛るからいやだなぁ。」
「ユースケさん、読んでみてよ。俺がチェックしてあげるから。」
マサアキが言ったので、声を出して読みだした。」
「違う、違う。『セん』じゃなくて『せん』て『せ』を平たんに。」
何度も声を出して読む内に何が何だか判らない程、混乱してきた。
昼食どころではなくなった。諦めて食べることに専念した。
時間前にリハーサルルームに戻った。踊りが上手だったプロダンサーたちは既に準備を終えたみたいだった。何も見ずにアカペラで歌っていた。誰ともツルまず自分の世界に一人きりで没頭するプロの姿勢に圧倒され、我々は益々諦めが募った。
ダンスと同様に三組に分けて順番に一人ずつで進行する。そして静けさの中でピアノの生演奏に合せて歌う。プロと思われる人たちは音程を崩すことなく歌いきる。我々3人は授業やカラオケ以外では人前で歌うことは無かった。ましてピアノの伴奏に合わせて一人で歌う経験が無い。大変な緊張を強いる。中尾の順番が来た。歌い出しで声が震えていた。
「落ち着いて。」
すぐにピアノの伴奏者がニッコリ笑いながら言った。益々焦った様子だったが後半は音程を外さずに歌い終えた。
「良かったですよ。」
僕とマサアキは中尾を労った。中尾の顔が真っ赤になっていた。我々二人はあまり緊張せず、可もなく不可もなくといった感じで終了した。
地方出身者にとって訛りやイントネーションの違いは簡単には直らない。
意識しても気づかないケースが多く、時間をかけて直すしかない。台詞を覚えた上で初めてイントネーションを意識しながらしゃべる必要がある。また器用な人と不器用な人、更に自分の声に対して耳が良い悪いで分かれる。僕は音を自由に出せないタイプ、つまり訛りがなかなか直らない不器用なタイプなのだ。
苦手なセリフの読み合わせが始まった。緊張のレベルはマックスだ。咬むことも無く読み終えたが、どれだけ訛ったかは全く不明だった。有難かったのはセリフが明るいキャラクターの役で、結構大声での読みでも悪くなく訛りが目立たなかった点だ。
「ユースケ、訛りはあんまり気にならなかったよ。あんな大声で明るくやっていると。でももっとセリフの勉強がしなくちゃ。」
マネージャーの叱責に再び意気消沈してしまった。
台詞テストが終了し、全員が簡単な面接のために三列に並んだ。我々は2組目立ったので二列にて全員の質疑応答を聞くことになった。
審査員のアメリカ人は、それぞれに日本人女性の通訳者をつけている。合計6人の前で質問に対して答えるのである。真ん中に座っていたラリーさんと言う白人男性が穏やかな顔をしながら
「貴方が今まで演じて来た配役の中で一番自慢できるものは何ですか?ない場合は好きな作品の配役を教えてください。」
若い女性通訳を通して我々に質問が投げかけられた。
「それでは一番目の方、どうぞ。」
エグゼクティブプロデューサーのラリー・ビルマンの通訳が最初の応募者に向かって通訳した。見るからにプロのダンサーで、踊りも歌もしっかりしていて合格するならこの人だろうと思っていた。
「私は日劇ダンシングチームの一員で、この役が好きと言う役に抜擢される程のミュージカルの出演経験がありません。ショーダンサーが基本です。ただウェストサイドストーリーのトニーの役が大好きです。」
のっけから優等生発言であった。二番目の男性は全て英語で回答した。何を言っているかは分からなかったがレベルの違いを見せつけられた。
中尾、マサアキと終わった。マサアキは卒業公演で主役を演じるのでそれを精一杯アピールして終わった。
「ネクスト。」
ラリーさんが微笑みながら言った。僕は
「ネクスト ワン(次の作品が一番です)」
たった一言だけ。映画は好きでチャーリーチャップリンが大好きだった。だからチャップリンがどの作品が一番好きかと言う質問にいつも答えた言葉をそのまま真似て答えただけ。
3人の外国人審査員は一斉にどぉーっと笑った。
もちろん僕は受けも狙っていたが、本音でもある。今日一番の狙い通りのアピールが出来たと遅ればせながら、ホッとした。
「ユースケ、いくら経験が無いからって、マサアキの後で『右に同じ』は無いだろう。笑われていたじゃないか。」
着替えが終わって帰ろうと4人が集合した時にマネージャーに言われた。
「違いますよ。あれは右に同じという意味じゃなく。次の作品が一番というチャップリンの有名なセリフですよ。英語なら訛らないし。」
「そうなの?お前たち知っていた?」
マサアキは首を横に振ったが中尾は
「聞いたことあります。でもユースケ、よくあんなところでジョークが言えたなぁ?」
「どうせ落ちるのですから、一発かましておきたかったのですよ。」
すっかり暗くなったバス停で笑いながら帰りのバスを待った。
オーディションから二週間が過ぎ、卒業公演の稽古が激しさを増していた。休憩中に同期が、
「ユースケ、前川さんが呼んでいる。事務所に来いって。」
「分かった。ありがとう。」
そう言って二階の事務所に行った。
「前川さん、何ですか?」
「お前やったよ。合格だ。」
「ハッ?何が合格ですか?」
「ディズニーランド。お前だけ合格だよ。」
「えっ、本当ですか?」
「さっき電話があって、三月七日からリハーサルが始まるそうだ。」
「卒業公演が終わった二日後じゃないですか?」
「お前たちみんなダメだと思っていたけど、良かったな。」
「あ、ありがとうございます。」
「それで何の役ですか?」
「良くわからん。」
「いつわかります。」
「後で聞いてみるわ。」
「何か準備することありますか?」
「また何かあったら、連絡するから。」
情報不足で何が何だかわからない。分らないまま進行するのが芸能界なのかなぁと不安に思った。
余計な情報が無い分、卒業公演に集中して取り組むことが出来た。卒業公演は特攻隊の悲恋の芝居だ。若い命を捧げる生死感を問う熱い芝居だ。この熱さにかられ、その後先考えない頑張りの結果、芝居は好評であったが本番最終日に声をつぶしてしまった。
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