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今朝の列車が遅れたワケ

遠距離通学の僕等の朝は早い。

白さの密度が随分と濃い息を吐きながら、幼馴染の聖と駅のホームへ駆け込む。彼女はマフラーをかきあげ、息を整えながら、僕と並んで列車を待つ。

しばらくの沈黙。
ふと、何かに気付いた彼女は肘で僕を突き、マフラー越しのくぐもった声で僕に問う。
「あすこのさ、椅子に座ってるおじさんさ?」
「ん?あのおじさん?」
「色おかしくない?」

その視線の先、向いのホームには、ぐだんぐだんの酔っ払いが堅い椅子に引っかかってる。顔色は青ざめ、予断を許さぬ感じだ。

「確かになんかおかしいね」
「死んでたりして」
「流石にそりゃないよ」
「いや絶対死んでる。あの色は」
「もう絶対なんだ。って死んだ人見たことあんの?」
「あるよ。ユーチューブで」
「げ。趣味悪いな。…それ本物?」
「本物、本物」
「よく見る気するね、そんなん」
「だって、血気多感な年頃ですもの」
「血気盛ん、ね」

どっちでも良いじゃん、と言いつつ、聖はおじさんをスマホで撮りだした。

「何撮ってんの」
「記録映像」
神妙な顔でそう言う。

構内アナウンスが乾いた空気を揺らす。その振動で、今までピクリともしなかった彼がふらりと立ち上がる。応じるように、向いの線路に列車が見えてきた。

あっ。

という間もなく線路に落ちる彼。

思わず僕はマフラーを引き寄せ、悲鳴を背にして聖を抱きとめる。列車のブレーキ音が止み、周囲がざわつき出す。恐る恐る振り向くと、どんな奇跡か、おじさんはこちら側の線路で寝ていた。

「あー、決定的瞬間が」
駅員に助け起こされるおじさんを見ながら、聖は溜息混じりに言う。

「でも、まぁいいか。なんか嬉しかったし」
そう言って意味ありげに笑う聖に、何が嬉しいのかは聞けない僕。

昔々、テキスポにて行われた800字お題小説に投稿したもの。 
〔特別な日に〕〔駅のホームで〕〔マフラーを巻いた女の子が〕

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