ゾンビのツメを切る
なんやかんやあって、人類の半数以上がゾンビとなってしまった。
その原因とかを細かく説明してると日が暮れるので、そこはもうなんやかんやで流して頂きたい。たぶん、ウィキペディアには書いてあるし私だって決して説明できないわけではないのだ。
ともかく、日常は様変わりしてゾンビが日常的に徘徊する、意外と既視感のある世界が私らの生活環境となったんだ。
そして、人というのは慣れることに掛けては素晴らしい素質を持っていて、今回の件でも相当の柔軟さを持って対処できてしまった。
まずゾンビが思ったより人類の脅威ではなかったことは重要だ。せいぜいが野良犬程度で、偶に狂犬が混じっている位と考えてもらえばいいかもしれない。
それでも、狂犬病が感染するようにゾンビも感染する。噛まれたり引っ掻かれたりすると傷口からあっという間にゾン感する。まぁわかると思うけど、ゾン感はゾンビ感染の略。厚生労働省のサイトにも書いてある。
ゾン感してゾンビになると、まず食欲がなくなって、脈拍の間隔が長くなって最終的に心臓が止まる。そうなると脳に血液が行かないので、何も考えられなくなって、見た感じもまぁゾンビでしょ、って感じになる。それでもなぜだか動けてしまうところがゾンビのゾンビたる由縁。
完全に血流が止まると全身壊死してるようなもんだから、すぐ動けなくなりそうだけど、ゾンビの原因物質というかウイルスというか、そういうものが血流の代わりに何かを流すらしい。
そもそも、ゾンビは増えることはあっても繁殖する訳ではないから、対策が進めば絶対数は減っていかなきゃおかしいんだけど、なぜだか一定数より減ることがない。自然の摂理に組み込まれてしまったのかもしれない。
実際、一時期は駆除も行われていた。元が人間ということもあって、人道的に難しい問題だけど、駆除した人体の廃棄をどうするかというもっと切羽詰まった事情もあった。土葬しても出てきてしまうし、火葬も火葬場に嫌がられてしまう。ゾンビの灰が降ってくると言って、地域の人から反対運動が起きてしまったのが原因でもある。
ZLMという運動も起きた。「Zonbi Lives Matter」ゾンビの命を粗末に扱うな!ということらしい。命の定義が揺らぐ。実際、その運動は主導者がゾンビになってウヤムヤのうちにたち消えた。
そんな訳で、ゾンビは生かさず殺さず、ありのままで徘徊させることが暗黙の了解になった。明確に凶器となるツメと歯さえ切除すれば、動きもそう速くはないし、行動も単純だから、襲われてもなんとかなる。
結果、私らの商売、ゾンビトリマーが生まれることになった。国から依頼されてゾンビの捕獲からツメ、歯の切除など、危険の排除を行って解放する。個人からゾン感した身内への処置を依頼されることも偶にあるので、そういう時は柔らかい義爪、義歯を埋め込むこともある。
本能的に逃げようとするゾンビを拘束し、ツメを切ったり抜歯したりするのはなかなか骨の折れる仕事で、給料もそこまで高いわけではないし、ゾン感する可能性もあるから、なり手は割と少ない。つまりやたら忙しい。
それでも私がこの仕事を続けているのはゾンビが好きだから、な訳ではなく、食いっぱぐれがなさそうだからってのと、ホラー映画が好きだったから。今となってはホラー映画よりホラーな世界になってしまったけど、それでもゾンビと共存する世界を身近に感じられるのが多分、楽しい。まぁそれなりに狂っているのだと思う。
恐らく世界はもっと悪くなっていくと思うし、遠くない未来に自分もゾンビになっているかもしれないけど、それはそれで何かを全うできた気もするよなぁとか思いながら、今日も私はゾンビのツメを切る。
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