【コトリ会議】インタビュー企画①「若旦那家康」
どうも、劇団CLOUD9の小沢佑太です。いま僕は、関西を拠点に全国で活動している劇団「コトリ会議」さんのもとで、「共同制作」という形で公演準備に関わらせていただいています。
呼び掛け人であり制作の若旦那家康さんに「せっかくやしなんかやりたいことない!?企画会議しよう!」と言われ、劇団員の皆さんへのインタビューを企画しました。
そんなわけで、やってみましたインタビュー。トップバッターは制作の若旦那家康さん。
同じく共同制作でご一緒している菅本千尋さんに文字起こしをしていただきました。まさかの約1万字…!できるだけ喋ったままを起こしています。さらさらーっと読んで楽しんでいただけたら嬉しいです。
インタビュー企画①
「若旦那家康」
テイク1
小沢:よろしくお願いします。
若旦那:よろしくお願いします。
小沢:若旦那さん個人のところと、コトリ会議との関係性とか、コトリ会議との出会いとかそういうところを聞いていけたらなっていうのが今ざっくりあるんですけど、まず、若旦那さんが演劇を始めたのはいつですか?
若旦那:そうですね。一番昔の舞台の記憶は、あれですね、幼稚園のときに、ちびくろサンボをやったときのセリフを覚えてますね。なんか一学年で何か舞台を作る、なんやろうなお遊戯みたいな、保護者への発表会みたいなやつ。
小沢:ちょっと待ってくださいね。最初の段取りを間違えたんで、1回やり直してもいいですか。
〜まさかのやり直し。テイク2〜
(▶︎読むのしんどい…って方は音声版をどうぞ◀︎)
テイク2
小沢:一旦ざっくりでいいんで、自己紹介をしていただいてもいいですか?
若旦那:はい。コトリ会議の劇団員で、主に制作をやってます。あとはたまに出演とかもします、若旦那家康です。
小沢:ありがとうございます。
若旦那:劇団内の制作っていろいろあると思いますけど、基本的には公演の企画を立てたりとかっていう意味での制作を担っております。
演劇との出会い
小沢:演劇しようってなったときには最初から制作やったんですか?
若旦那:いや、もちろんそんなことはないというか。ちゃんと演劇やりたいなと思ったのは高校の演劇部。中高生のときによくテレビ観てて。関西の小劇場中継とか、僕が中高生のころはよくやってて、なんか演劇って面白いな、やってみたいなと思って高校の演劇部に入った。で、まだ続けたいなっていうか、面白くて。大学の選び方は惑星ピスタチオっていうのがすごい流行ってて、その人たちが神戸大学のはちの巣座出身だということを高校時代に突き止めて、神戸大学行こうと思って、演劇をやろうと思って。
小沢:そうなんですね。高校のときは役者さんだったんですか?
若旦那:そう。高校の演劇部自体もあったんやけど、ちょうど僕が1年生のときに1回なくなってて。で、職員室に行って「演劇部に入りたいんですけど」って言ったら、「ちょうど全員引退しておらんようになった」って言われて、けど演劇部に入ろうと思ってた1年生が僕を含めて4人ぐらいいたから、先輩0から演劇部がスタートした。だから出る以外に何も考えてないというか。やっぱテレビ見て演劇って面白いなと思ってるから、出ること前提で演劇部入って、出るのってやっぱ面白いから。出る以外のことがあるっていうのも、神戸大学入ってはちのす巣座に入ってからしか。学生劇団は他のスタッフワークとかも自分たちで持ち回りでやるから。けど制作の仕事って何なのかを当時わかってなかった。
小沢:あ、大学時代もそんなに制作には触れてこなかったんですか?
若旦那:僕は音響をやってたのよ。今思うと何もわかってないけど、単に音楽が好きで曲を選びたいから音響をやってた。
小沢:最初はそんな感じですよね。ちなみにちょっと余談なんですけど、うちの父親が佐々木蔵之介さんと同期です。
若旦那:え!
小沢:よくチケット買ってって言われて見に行ってたそうです。
若旦那:広告代理店に就職して、宣伝とかをすごく上手くやってらっしゃったらしい。会社のひとが見に行ってもこれは仕事か演劇かどっちかを取った方がいいよって言われて、演劇をとったって。
大学卒業後の進路
小沢:へえ〜! 若旦那さんは大学で演劇して、そのままずっと演劇やってはるんですか?
若旦那:そう。なんかずっと演劇やりたいなと思ってて、けど普通に神戸大学の経済学部とか行くと、親族とかはね、そんな感じじゃなくなるじゃん。国立の大学入っていろいろ期待するやろうけど、1年生のタイミングでもう5回生になるぐらいの単位しか取ってなくて…
小沢:それは演劇やりすぎて?
若旦那:演劇やりすぎたのもあるけど演劇以外も。大学生ってあんまり授業いかんもんやったから、勝手な漫画の刷り込みみたいな。大学の演劇は卒業公演とかで終わって、プロの劇団に5回生になってから入った。
小沢:じゃあ社会人なってからはどっか劇団に所属してやるようになったっていうことですね。
若旦那:そう5回生のときからね。僕が20歳のときに50歳ぐらいの人やから…30上ぐらい。だから老舗というか、ベテランの人の劇団に入ったから、”同級生と旗揚げしました”とかっていう人たちを羨ましいと思ったりする。
小沢:あ、1人でそこに飛び込んでいったってことですか。
若旦那:何かワークショップをよくやってたんですよ。その劇団はダンスとかパントマイムをやる劇団なんで、パントマイムのワークショップ、ダンス創作のワークショップみたいなのを高校生から行っていて、好きで観にも行ってる劇団やって。向こうも、なんか高校生の男の子でそんなワークショップ来るとか珍しかったから、僕の事を覚えてて。で、「演劇やってんねんやったら入らへん?」みたいな。なんか即戦力みたいな感じに思われてた。
制作の始まり
小沢:制作はいつからやってるんですか?
若旦那:その入った劇団に付いてた制作の人が二人いて、その人たちが「若林(若旦那)を劇団員にしてこい」って言われたみたいで、なんか「行こう」って言われて遊びに行って、「俺らが勝ったら入団してな」みたいな、賭けボウリングだったんですよ。それで入団して、劇団員になってから1回目は座長の一人芝居。それで打ち上げ中に、2人いる制作のうち先輩の方、かなりしっかりした人が「私はもうやめます」って。もう1人の(僕の1個上だったと思うんですけど)、人が制作になんねんけど、ちょっと1人は不安やから、僕と同時期に入団してた男の人とで、3人で制作をやろうって、出演しながら分業してやるっていう。広報関係が僕の担当やったから、何か雑誌とかに連絡取って、こういう取材してくださいとか。
小沢:プレスリリースとかですか。
若旦那:そう。けど、プレスリリースなんて言葉知らなかったからとりあえず公演企画、チラシ持って、電話したりして、
小沢:すげえ。
若旦那:そう。上海太郎さんっていう、元そとばこまちの座長やったんやけど、辰巳琢郎とかと同期の人で、もうその人自体が知られてるから小劇場界に。テレビとかもよく出てたし。「上海太郎のとこの制作の若林(若旦那)っていいます」って、「今度上海太郎の公演するんで取材してくれませんか」みたいなことを言って何か企画書みたいなものを、当時やっぱFAXとかで送って、見てもらって、いつやったら取材できるよって言われたら、座長に「いついつ取材です、一緒に行きましょう」って連れて行ったりとかしてた。それが僕の制作のスタート。だから俳優しながらやってますね。
小沢:そうなんですね。俳優もやりながら制作もやって、スタートは大学は音響やっててっていう、いろいろ選択肢がある中で、今もちょこちょこ出演とかもされてると思うんですけど、基本は制作が強いじゃないですか。
若旦那:もう制作の人っていう、
制作への想い
小沢:そうですよね。なんで制作を一番やろうってなったんですか?
若旦那:そうですね。舞台監督をした時代があって。なんか向いてないなと思って。結構ガテン系の現場とかに行くことが多くて、これやりたいことじゃないなあって。けど制作はもうそのまま劇団を辞めたときに、こんな食えない仕事はないと思ってやめてて、
小沢:ああ。制作って演劇してる人たちの中ではあまり選ばれないようなイメージがあるんですけど、
若旦那:クリエイティビティな部分がないからやと思うんです。今はクリエイティビティの仕事だと思ってるけど、自分でもそう思ってなかったし、そういう時代やったんで、これは制作では食えないなと思った。食えてる人もあんま見たことがなかった。視野が狭かっただけかも。なんか、演劇やっていくのに何があるかなと思って演出助手とか舞台監督とかをすることも多くなって、けど色々まとめたりするの大変やって、ちょっと舞台監督はしんどいぞと思ってたとき、大阪市立芸術創造館に声をかけられた。舞台の管理をやってたスタッフが、配置転換になって空くから入りませんかって言われて。なんか劇場に入るなんて、落ち着くことをするなんて全然アートじゃないって思ったけど、今はとりあえず舞台監督をやめて食っていかなければならないと思ったから、じゃあ入りますって言って、管理しながら事務とかもしてて、今2年ぐらい「ぱくっと」(演劇祭)をやったけど、何かそういう演劇予算が別の形であったりとか、大阪市主催で賞をとった劇団がそれを芸創(芸術創造館)で再演するみたいな企画に付いてたり。他の団体の管理をするときに、面白い劇団やのに全然客が入らへんのはなんや?って思ったらこれは制作が良くないなと思って。なんかもっと売る方法あるやろ、賞取ったとこやで本当は! とか思ったりして。舞台の管理だけじゃなくて事務もしてたんで、SNSとかも流行り出したときやって、ガンガン宣伝してたっていう。それやってて、やってたら、突劇金魚っていうところが、ちょっとうちの制作いなくなったんで制作やりませんかって声かけてきて、なんか長いことやってなかったけど、制作さえちゃんとしてれば、って思ったからやりました。制作は、突劇金魚の制作をしたのが制作再開一発目やったんかな。その頃には何か世界が違って、制作だけで食べてる人とかがちらほら出始めてた。舞台監督より制作のほうが向いてるかもしれないって思って、いつの間にか制作ばっかりやるようになった。
小沢:へえ。いろいろやってみて結局自分が一番できそうというか、向いてるところに進んでいたって感じですね。
舞台にも立つ
若旦那:そうそう、なんかやっぱり面白いと思ってる、(芸創で働いてた時代は特にそうやけど)こんなに面白いと僕は思うのに、それを知られてないなって思ったら、企画もするし宣伝もするっていうところに行き着いた。だから制作の中でも今さっき自己紹介で企画とかをやってる方ですって言ったけど、元々はやっぱ、コトリ会議やったら山本っていう作家の面白さをいろんな人に知ってもらいたい。だから、僕が出演することによって観に来るお客さんがいる場合は僕は出た方がいいと思うし、みたいな。
小沢:なんか出たいとか出ざるを得ないみたいな感じではなくて自分の知名度がコトリ会議に活かせるならみたいな。なるほど。
若旦那:だから実はコトリ会議で初めてツアーをしたときは、ちょい役でもいいから僕を出してくれっていう話をしてて。それはやっぱり東京公演とか行ったときに大学の友達とか親戚とか観に来てもらうときに「僕スタッフで関わってるねん」って言っても「出てないんでしょ」ってあんまり演劇やってない人は言うから。出てた方が客増やせるってあるじゃん。だからちょっとでいいから出してって言ったら、結果まあまあずっと舞台上に最初からおるみたいな役とかになって。けどセリフを覚える余裕がないから、僕はずっとストローくわえてアンテナがある宇宙人の役やった。なんかアンテナがついてるんですけど、舞台上にアンテナだけがあるところとマイクがあって、僕のセリフは、出てない他の俳優がマイクの前に立って、僕のセリフを当てるっていう。僕はかなり出てるけど一言も発さない。喋ってるときはずっとストローが上下するっていう演技をそのときに編み出したけどね。
小沢:何とかして自分が舞台上に立っている状況を作っておくっていうことで出てはったんですね。
若旦那:そうそう。それは山本が出したいから出すに近いねんけど。だからここぞというときはコトリ会議で俳優するけど、それ以外のときは別にしたくはないねんけども、
小沢:そうなんですか。
若旦那:だって制作、今回は小沢くんと菅本さんがいるからあれやけど基本1人やから。お手伝い雇ったりとか受付を任せられる人を雇ったりもするけど、全部の矢面に立たないといけないわけで。出演してるから、舞台上にもう衣装のままいて、場内誘導を僕がして、そのまま前説して、芝居がスタートするっていうパターンが結構多くて。けど終演後に記者の人と会わないといけないとか、会った方がいい人に会えないっていうことになるから、「ちょっともう僕出すのやめてくれへんかな」って相談とかはした。という、制作再開したのはそういうことです。
コトリ会議との出会い
小沢:ありがとうございます。そのコトリ会議はもう結構長いですよね。
若旦那:2007年
小沢:2007年。僕がまだ小学校3年生とかですね。
若旦那:そんな演劇のえの字も知らない
小沢:えの字も知らないです。
若旦那:小沢くんが小学生やった頃に産声を上げてきてる劇団です。
小沢:すごい。若旦那さんが入られたのはそれからちょっと先になるんですか?
若旦那:劇団できてから4〜5年経ってからじゃないかな。
小沢:さっきの、面白い団体がもっとスポット当たってほしいみたいな、その一環でコトリ会議も絡んでいたって感じなんですか?
若旦那:そうそう。知らなかったんですよ、コトリ会議っていう劇団を。けど出演オファーが来て、
小沢:あ、突然ですか?
若旦那:うん。知り合いじゃないのに。
小沢:え、急にオファーが来たっていうのが出会いなんですか?
若旦那:たぶん誰かが連絡先を教えて、電話かかってきて「出てほしいんですけど」って。見たこともないし知らん劇団やけども、タイミングが合いそうやったから「じゃあ出ます」って。出演してみたら、なんか変やけどめっちゃおもろいと思って、そっから普通にお客さんとして応援しにいったりとか、自分でイベントをやったときに呼んだりとか、「短編書いて出て」って呼んだりとかしてた。当時三人やったんかな、劇団員が。1人代表をやってる人が辞めるってなって。2人になったらそんなん公演できひんやろうなと思って、君はもっと面白いから知られた方がいい、続けた方がいいよって、僕制作でも舞台監督でも入れれば何でもいいから劇団員にしてよって。
小沢:すごい愛ですね。
若旦那:けどね、そんなに何がおもろかったか今となってはわからへんけど。勢い、タイミングと勢いよね。コトリ会議は面白いから続けた方がいいし、続けてほしいから僕を劇団員にしてくれって言って劇団員になった。そのときに山本くんは「じゃあ俳優で」って言ったんだけどね。
小沢:役者として呼ばれてたんですか?
若旦那:そうそう。最初の出会いは客演やから。
小沢:そっか。でもなんやかんやで制作をやるようになっていったみたいな感じですか。
若旦那:そうそう。
演出:コトリ会議
小沢:なんかでもコトリ会議って、代表とか誰が何するみたいな、明確な役割分担があるようでないような感じじゃないですか。
若旦那:はいはい。
小沢:ずっとそうなんですか?
若旦那:いや、僕が入る前にいた代表が辞めた段階で、山本が代表になってるんですよ。でも生活も大変やし自分の人生もあるし辞めるって言ってたことが何回かあって。で、代表が辞めるって言ったら劇団は解散するしかない。だから辞めるっていうのをなんとか説得した。もし僕が代表で僕が辞めるって言ったらやっぱ解散してしまうわけやし。解散できる権限を代表は一応持ってるから、できるだけイーブンにしようみたいな。そういうのが「演出:コトリ会議」っていう名義にしてる理由であったり。それによってスピード感とかはやっぱりちょっと落ちるねんけど、1人がトップダウンでグイグイ引っ張っていく時代でもないしなって思って。それで破綻してってる劇団もいっぱい知ってるしって思ったら、スピード感はないしじっくり耐えなあかんけど、(自分含めて)9人ぐらいの劇団やったらできるだけ意見を聞こうって。けどもういっぱいいっぱいだってなって、ピシャってシャットダウンして怒られたりとかするけどね。
小沢:そうなんですか。
若旦那:あるある。けどやっぱり山本くんも三ヶ日晩に怒られたりするし、新劇団員が古参の劇団員にしっかり怒れるっていう関係性はいいんじゃないかな。僕が押さえつけるのも違うし、怒られてるぐらいの方がちょうどいいんじゃないかなって。
小沢:それは本当に今回入らせてもらってめちゃくちゃ感じますね。
若旦那:よく怒られてんなこの人、って?
小沢:いや、怒られてるっていうか、意見言いにくいなあって雰囲気を全く感じないというか。明らかにもう期限やばい、時間がない状況やけど、それでもやっぱり思ったことを言うのやめとこ、みたいなのがないから、結果的に「その話してよかったよね」ってなってるのはすごい素敵やなと思って。
若旦那:いやあ、みんなの生活が違うのは大変。住んでるとこも全然違うし、顔合わせて対話できる人とできない人とではやっぱ全員均等な密度にはなれへんから、そのへんは今後どう解消していくのか。それこそちゃんとするなら、委任状見せるとか、僕は参加できないんで決まったことには従いますとか、この人の意見に僕はお任せしますみたいなのとかを宣言しておいたりとかしてもいいのかもね。やっぱりやってて歪みは出るから、それをうまいことしていくルールはまた考えなあかんやろなって。
小沢:なかなかね、うち(CLOUD9)は3人なんですけど、3人でやったら顔つき合わせて喋ろうかで済むけど、住む場所も違ったりとかなるとすごい難しいですよね。
今後の野望
小沢:次、12月に公演を控えてる中でいろいろとまた新しい制作方面の企画もあるじゃないですか。若旦那さん的に、コトリ会議の未来というか、どうなっていきたいみたいな野望みたいなのはありますか?
若旦那:とりあえずお客さんが増えるかどうかは別として、人がやってないことをやらないと、やって目立てばいいかっていう。それでいつまで経っても「お名前は聞いたことあるんですけどまだ見たことなくてすいません」みたいに言われ続けるっていう。
小沢:え、それを言われ続けるのがいいんですか?
若旦那:言われ続けるんやろうなと。
小沢:なるほど。
若旦那:大きくなる必要はないなと思ってる。普通にやっていくよりもワクワクするような企画が出せる劇団ではありたい。
小沢:うんうん。それで言うと前回は1ヶ月公演。宣伝美術とか見てたんですけど、まずスマホの解像度では字が読めないってところから始まり、やばいことやってるこの人たちって、若手の中でも話題になってましたね。
若旦那:チラシを作らなあかんってことになったけど、校正をしてもしても進まない。
小沢:ヌとエの間に大事な情報が挟まってて全然読めないとか。
若旦那:覚えられないよね、この時間の名前はなんやったっけって。
小沢:十何年続いてる中で、なんだったら安定してきそうな頃合なのかなとも思うんですけど、常に危ない橋を渡ってあるのかなって。
若旦那:これは僕のせいなのか、山本のせいなのかちょっとわからない。
小沢:それこそ1ヶ月公演の企画とか、こういうのやりたいみたいなのは若旦那さんから出るだけではないんですか?
若旦那:そうですね。やっぱヌエとかは「オープンニングラインナップで」って劇場側から声かかって、声をかけるところは僕になるじゃないですか。
小沢:窓口としてね。
若旦那:何かそんな話が来てるよって劇団に伝えて、じゃあ聞きに行こうかってなったときはできるだけ山本と聞きに行く。1人で聞いてくると勘違いとかも多いんで。扇町とかやったら山本と聞いて、CUBE01かCUBE05でやってほしいです、みたいな話を聞いたときに、僕らがやるならCUBE05の方がいいよねって。
小沢:プロフィールにも書いてますもんね。小さく使いたいって。
若旦那:そう。人の隙間、昔神戸アートビレッジセンター(KAVC,現:新開地アート広場)で、30団体ぐらいがいろんなところでいろんなことをしているっていうイベントがあったんです。入場券買ったら、タイムテーブルがあって、ホールではこういう人たちがこの時間からやってて、シアターではこの時間にこういうひとたちがやっててみたいな、練習室ではこういう作品をやっててみたいなやつで。コトリで出そうって。誰も使えへん非常階段と、神戸アートビレッジセンターのガラスの外、向かいの閉まってるシャッターのお店の前で芝居をしているのをKAVCの中から観るっていう作品をやってて。ガラス越しやから聞こえへんセリフを喋んねんけど、俳優がLINE通話を繋げたままイヤホンを8股ぐらいにして、お客さんはベンチに座ってガラスの向こうでやってる芝居をイヤホンで聞きながら見るっていう。
小沢:やばすぎ。
若旦那:ケーブル分けられる限界とかで、限定8席。
小沢:めっちゃおもろいっすね。
若旦那:でも即完やった。何かそういう本当ちっちゃいことをやるっていう。
小沢:超いいな。めっちゃいい。めっちゃおもろいっすね。うちの劇団員が聞いてたらめっちゃおもろいって言うてると思います。
若旦那:KAVCに「この企画で外で芝居していいですか」みたいなことは言って、一緒に下見行って提案したりとかして、山本が「じゃあこの方が面白いんじゃないですか」とか、他の劇団員が「じゃあイヤホンをこういうふうにしたらもっとこういうことができますよ」とか、みんなで意見言い合ってやって、僕は当日行けなくて、リハだけ見に行ったんかな。「めっちゃおもろい。大丈夫大丈夫、めっちゃおもろい」って言って。でも「みんなこんなん聞きにこーへんやろうな、大きいとこやってるし」って言ってたら、もうその馬鹿馬鹿しさで予約がすぐ埋まった。そういう意味で言うと、ヌエのときは大きいところで4ステージぐらいで本番が終わったら、そのために一本新作書くっていう労力がもったいないなと思って。ツアーするのも結構そういう部分。あと、ずっと同じ作品をやり続けると俳優のしみ込み度合いが違うから。評判とかもね。やっぱ土日だけ公演やって、土曜日に来てめっちゃおもろかったけど、口コミしたとて、みたいになったりするじゃない。それでいくとやっぱ長いことやってる方がいいなっていう発想でした。
あなたにとって「コトリ会議」とは?
小沢:いやあ、ありがとうございます。最後に1つだけ質問してもいいですか。若旦那さんにとって「コトリ会議」とは何ですか?
若旦那:わ、難しい!これムズいな。
小沢:なんかぱっと浮かんだやつで!
若旦那:制作的なことっていうか、企画、演劇をやる、思いついたけど実現できへんことを実験する場所やね。
小沢:それが受け入れられる団体やっていうのがまず一番いいなって思います。
若旦那:そうね。多分、こういうことをやりたいって、それこそさっきのKAVCで「やりたい」って言っても、それを一緒に面白くしてくれたりできないじゃないですか。遠方割とかも今は定着して、遠方割をやってない公演がないぐらいずっとやってるけど、7年ぐらい遠方割をやってるのかな。試してみて定着していくこともあるし、「やったけどあんま効果なかったな、やめる!」みたいな。こうなってたらおもろいっていうのを試す。すごい細かいネタみたいなやつで、コロナのときに線引いててん、お客さんが密集しないように。床に養生テープとかでラインを張って、なんか、それだけだともったいないなっていうので、花屋敷鴨と三ヶ日晩にラインに絵描いてって言って、コトリの絵とか描いてもらって。そんなちっちゃい実験っていうかなんかそういう、他所ではふざけてんのかって思われるようなことを一緒に遊べる人たちが多くていいなって思う。
小沢:遊べるっていいですね、真剣に遊んでるのがいいですよね。
若旦那:そうやね、実験場か真剣遊び場か
小沢:素敵だ。12月もアイホールで、真剣に遊びましょう。
若旦那:遊びましょう。
小沢:ありがとうございます。
若旦那:ありがとうございます。
最後まで読んでくださってありがとうございました。こんな感じで劇団員さん、今回の座組の方々を順にインタビューしていけたらと思います。よろしくお願いします。
2024/10/21
コトリ会議『おかえりなさせませんなさい』
制作 小沢佑太(CLOUD9)
最後まで読んでくださってありがとうございます♪ 現在は日々の気づきを毎日綴っています。 2022年に劇団を立ち上げ、その運営を行う中での気づきや成長日記にすることを目指しています。 もしよろしければ、今後の活動をサポートしていただければ幸いです☺️