生きてるだけできつかった過去を持つパリピ
また兼近さんネタです。
色んな顔見せてくれるもんだからいちいち考察しちゃってさ。書きたくなってしまうのです。
テレビで見る兼近さんはいつも笑ってて、明るくてチャラくて、何言ってるのかよく分からなくて、ワハハってよりえへへって感じで、少年感丸出しの破天荒ボーイ。
でもちょっと深い話をすると出てくる出てくる、テレビのイメージとは掛け離れた兼近さんの軸の辺りが。誰しもが色んな面を持っていて、それが人の魅力というもの。もしかしたら、私が軸だと思っていたものもまだまだ表皮に近い部分だったりするかもしれない…
兼近さんは一体何層の膜を張ってるんだろう。
剥いても剥いても違う一面が出てくる。
この層の分だけ彼は、たくさんの経験を重ねてきてるんだろう。人とは違う経験をたくさんした人は、それだけたくさんの顔や味を持っているんだろう。
NHKハートネットで兼近さんが言っていたけど、『小学1年生の時に多動症もあって…』って。いわゆる今で言うADHDのことだと思う。当時どれだけの人が兼近少年を理解しようとしてくれていたのかな。
辛かったと思う。
小学1年生って、きっと担任の先生も「これからの6年間の基礎を作る時期だ」って意気込むだろうし、クラスメイトの親も小学校1年目、担任がちゃんと平等に子供を見てくれているか、気にすると思うんだよね。
そんな時に自分が先生の時間を取ってしまっていることを『めちゃくちゃきつかった。人と同じスピードで物事を理解できたらなって思ってた』って当時から思っていたなんて。
きっとこの頃から兼近少年は賢かったんだろうな。
そんなふうに自分の置かれた状況を俯瞰で見るなんて子供に出来るもんじゃない。
だからこそより、しんどかっただろう。
そんな事を引っ括めての、フジテレビのフィーチャーズでの発言。
『生きてるだけできつかった。』
は、本当に聞いててシンドい。
子供の時から自身の置かれたキツい状況を彼なりに乗り越えて、乗り越えて、たまにすり抜けたりしながら必死に生きてたんだなぁ。
今の兼近さんの置かれている環境を見ると、彼は見えない所でとんでもない努力をしたんだろうなあって思う。そうでなければ、生きてるだけできつかった環境からこんな眩しい世界に移り住む事は出来ないと思うから。
兼近さんに関しては、顔ファンと呼ばれる兼近さんの顔が好きってファンの方も多いと思うけど、彼の魅力って見た目ではなくて彼が放つ人間性なのよ。
先に述べたような辛い経験、でもそれから逃げること無く自分なりに身に付けた生きる力・生きる術、彼が自分で構築してきた“兼近大樹”というクリエイチャーにとてつもない魅力がある。
何度失敗を重ねても諦めずに頑張って生きてきた結果って事かな。
なんかまとめが陳腐になってしまった。
兼近信者みたいな人が今後増えそうだなぁなんて思っとります。
それはそうとこの兼近さんの顔めっちゃ好き(顔ファンか)
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