ドーナツと迷子の子
今から30年以上も前の話になるが、母はよく私をミスドへ連れて行ってくれた。
入店した時にふっと香る甘いドーナツの匂いが大好きだった。ショーケースに並ぶ色々な種類のドーナツがまるで宝物のように輝いて見えた。
そしてそこの店内に一際目を引くものがあった。それは、絵。
何種類も壁に絵が飾られていたが、その中で私がいつも気になっていたのが『森の中の女の子』の絵だ。
美味しいドーナツを食べてご機嫌な私とは裏腹に、絵の中の女の子の表情はちょっと悲しそうに見えた。幼心にこの絵はちょっと怖かった。
中学生になると、ちょっと背伸びしたくなって店内でドーナツと一緒にカフェオレを頼むようになった。
学校帰り翌日の単語テストの勉強をしながら、カフェオレとドーナツ。
カフェオレを飲みながら、ふと例の『森の中の女の子』の絵にタイトルを見つけた。
《a lost child》
中学生の私はやっとこの絵のタイトルの意味が分かった。
「迷子だったんだ…」
絵のタイトルを知らない幼かった私でも1枚の絵からしっかりと少女の悲しさや恐怖を感じていたのだ。この絵を描いた人は凄い人だ。
さらに時が経ち、大人になり、結婚した。
大好きな地元を離れて他県へと引っ越したが、そこにもまたミスドはあった。
そして母になり子供は2人とも幼稚園に通っている。習い事の帰りによくミスドに寄る。
先日、子供達とドーナツを食べていたら4歳の末っ子が言った。
「見て!この子ドーナツ見てる!食べたいのかな?アーン」
私たちの座る真横の壁に、例の《a lost child》の絵が飾ってあったのだ。
末っ子には絵の中の女の子が、《ドーナツを食べたそうにしている女の子》に見えたようだ。
私の中でずっと悲しい女の子として見えていた子が、末っ子のドーナツを分けてもらって少し嬉しそうな顔をしているようにも見えた。