30年分のコンプレックスの値段
今まで生きてきて一度も話したことがない、誰にも知られたくなかった話をしようと思う。
30年間、抱え続けてきたコンプレックスの話です。
なんだ、そんな些細なことを恥ずかしく思っていたのか、と思われるのが恥ずかしくて一度も言えなかった。
とても個人的な話で、かつ誰かの役に立つとも思えなかったので、UPするかギリギリまで迷っていたのですが、コンプレックスを抱えている誰かに、もしかしたら何か届くものがあるのかもしれないと思い、書くことにしました。
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僕の左腕には大きなホクロがある。
半袖を着るとギリギリ見えるか見えないかくらいの位置にあり、だいたい500円玉くらいの大きさだ。
これを見られるのがとても苦痛だった。
小学生の頃から、極力見られないように生活してきたのだが、たいてい体育の時間にバレるみたいだった。
どうしても動き回るので、体操着から黒くて大きな塊がチラチラ見える。
地獄だったのは、プールの時間だった。
水着なので隠しようがない。
ギリギリまでタオルを頭からかぶり、見えないようにしていたが、脱いだら最後。
自意識が悲鳴をあげて泣く。
憂鬱で仕方がなかった。
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高校に上がり、思春期の真っ只中、自我が強くなり、他人の目がより気になるようになった。
高校3年間、半袖の制服を着ることは一度もなかった。
毎年、夏は長袖をまくって過ごした。
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大学生の頃は、当時付き合っていた彼女に、「いつもTシャツじゃなくてシャツ着ているよね。なんで?誕生日プレゼントにTシャツあげようか?」と言われたことがあった。
シャツの方が袖が長いんだよ。
心臓がぎゅっとなった。
「あ、そ、そう…?別にそんなことないと思うけどなー、気のせいじゃない?」
適当にごまかした。
異性と海なんて絶対に行けなかった。海がまぁ遠いこと。
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社会人になってからもそうだ。
「森井さん、真夏に七分袖って暑くないですか?」
みんなよくそんな人の着てる服なんて見てるなぁ。
また心臓がぎゅっとなった。
「ほ、ほら…新幹線って寒いやん……?」
「あっ、今日地元から帰ってこられたんですね!」
「あ、いや……」
「???」
こんなにも自分は嘘が下手なのかとそのとき知った。
コンプレックスの大きなホクロのせいで、行動が制限される。
人の目をあまり気にしなくなった大人になってからでさえも、夏になるといつも少し憂鬱になった。
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しかし、そんな現状を変えたくて、今年の2月、ついに意を決して、ホクロの切開手術をすることにした。
子どもの頃からずっと大人になったらいつかやろうと思っていたのだが、なかなか怖くてできなかった。
30歳を機に、自分を変えたかったのだ。
僕の左腕の黒い塊はかなり大きいせいでレーザーではとれないので、切らないといけないと告げられた。
左腕に麻酔が4~5回打たれ、手術は約1時間にわたった。
麻酔があるので痛みはないが、腕から流れ出る血を看護婦さんが何度も拭く感触だけはあった。
手術中、どうしても意識を左腕に持ってかれて怖くなってしまうので、これが終われば僕にもついに夏がくる、そう強く思い、海で遊んでいる楽しい風景を思い浮かべた。
手術は1時間で無事に終わった。
想像以上にちゃんとした手術でこれはそこそこ高くなるなと思った。
例えば髭の脱毛とかホワイトニングとか、どれもだいたい10万円くらいのイメージだったので、なんとなくそのくらいかなと思っていた。
手術台から下り、左腕をかばいながらゆっくりと待合室に向かい、2~3分して、レジのスタッフに名前を呼ばれる。
「はいそれでは、今日は切開手術ということで75万…あっ7万…いやごめんなさい違いますね」
「全部で7500円です」
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
7500円
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
僕の30年分のコンプレックスはたったの7500円だったのだ。
帰り道、傷口をさすりながら思わず一人で笑ってしまった。
安い。安すぎる。俺の30年間はなんだったんだ。コンプレックスのバーゲンセールじゃないか。
レジの人も絶対やっすぅ~と思っていた。レジであんな間違い方見たことないもん。
俺はなんてちっぽけなことで悩んでしまっていたんだ_____
コンプレックスとは総じてそういうものなのだなと思う。
おでこが広い、体毛が濃い、しみがあるなど、
他人からしたらそこまで気にならない、非常に個人的でパーソナルな、それでいて実に自意識過剰なもの。
だからこそ本人は気になってしまうのだろうなぁとそのとき思った。
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先月、初めて半袖を買った。
水色のいいやつだ。
試着室で袖を通したとき、これが半袖か、と思った。
家に帰ってから再び、鏡の前で袖を通した。
これが半袖だ、と思った。
涙が出そうになった。
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今月、初めて女性と海へ行く。
「俺、海より山派だから」と今までずっとのらりくらりとかわしてきたが、ついに海へ行く時がきた。
時がきたのだ。
正直、このエッセイはコンプレックスを受け入れられるようになった話でも、短所は実は長所だったんだ、なんていう感動的な話でもない。
医療の力でコンプレックスを無くし、なんてちっぽけなことで悩んでいたのかに気付くという話である。ストーリーとして綺麗じゃない。
それでも、ついに僕にも夏がきた。初めての夏がきたのだ。
それがあまりに嬉しくて、誰かに話しておきたかった。
コンプレックスが無くなって初めて行く海はどんな色をしているのだろうか。
海が聞こえる。
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