新型コロナウイルス9月入学問題浮上の背景と論点についての考察

先日、新型コロナウイルスについて、学校の入学時期をずらすという議論がありました。コロナ禍も少し終息ムードが漂ってきましたが、このままもとの学校生活に戻れるわけではありません(新しい生活様式への移行)。今一度、今後の動向のためにも子どもの学びの機会を保障するために必要なことを、「9月入学問題」を中心に、自分なりに整理してみました。

「新型コロナウイルスの蔓延に関わる休校期間の延長への対応としての9月入学について―なぜ、このような議論がでてきたのか、論点、問題点、やるべきこと、具体的な提案―」


はじめに

新型コロナウイルス感染症で多くの学校が休校している(以下、コロナ休校)。こうした中、学校の「9月入学の実施をするか否か」という議論が起こっている。学校が休校すれば、当然であるが、学校が今まで担っていた役割は正常には機能しない。こうした中、どのように学校現場が対応すればよいか迫られている。現状、学校で正常に機能していない役割は主に、
①「子どもの学力の保障」
②「子どものこころのケア」
が考えられる。ここではこの2点について、論じてみたいと思う。そして、9月入学をするか否かで、この2点がどのような影響を受けるのかも考えてみたい。

1 そもそも


 前述のように、この緊急事態下での懸念は①と②である。世界標準に合わせるだとか、留学がしやすいだとかは関係ない。
 今後、休校期間が延長された場合、その目的を達成するために必要なのはオンライン環境の整備、教職員がオンライン環境に慣れること、学習時間にゆとりを持たせることである(学校に来られなくても①と②を保障すること)。一方で、オンライン環境を整えながらアナログ環境で①と②を行うことはとても難しい(それこそ現場が疲弊してしまう)。また、「まずオンライン環境を整えるべき」と言う人もいるが、たとえオンライン環境を整えたとしても、学校と全く同じように学びを進めることはできない。この状況で3月に年度を終えることを目標にするということは子どもと教職員に過大な負担をかける。結局、時間の確保が必要である。そこで、1学期の学びをリセットして、9月から新学年をスタートさせる「9月入学案」が浮上する。

2 9月入学のデメリット


 一方で、9月入学に関しては、いくつか問題点の指摘がある。大事なことを挙げると、
Ⓐ 空白期間が生まれることで子ども学びが止まり、子どもへのケアが疎かになってしまう。
「子どもの学び疎か問題」
Ⓑ 9月入学に気を取られて、オンライン化等の環境整備が疎かになる「オンライン疎か問題」
Ⓑ 現状の対策(オンライン化等)をするのも大変なのに、9月入学などの大きな制度改革をしてしまえば、教職員の負担が増え、ますます現場がブラック化する。「教員ブラック化問題」
Ⓒ そもそも9月にコロナが収束するという保証がないのに9月入学にするのにどれだけの意味があるのか「コロナ収束しないかも問題」
Ⓓ 学年の括りがずれてきてしまうのをどうするのか「学年分断問題」
Ⓔ 学習指導要領の改訂が必要なのでは、「指導要領変更問題」
Ⓕ 自治体の会計年度や法整備など、システム変更が必要「役所的システム変更問題」
というものである。

3 論点のすれ違い

 まず、9月入学問題を議論するうえで、大事なことがある。それは、9月入学が意味するものは何かということだ。最初に論じたが、9月入学をするということで派生的に起こるのは、「次年度の8月に卒業をする」ということである。ところが、子どもたちはすでに入学してしまっている(事実として)。それを取り消すというのはかなり難しいように感じる。公立学校ではすでに担任も決まっていて、「いまさら入学を取り消されても」と思う先生や保護者の方は多いのではないだろうか。一方で、9月入学を支持する人の中には、「子どもにゆとりをもって、確実に学習させたい。」という思いが強く感じられる。つまり、今年度に関しては、9月入学にする必要は全くないのである。むしろ、大切なのは、ゆとりをもって学習させるために年度が終わる時期を遅らせるという視点(例えば、今年度を1年4か月かけて終わらせる「8月卒業」にすることで、前述の問題を緩和する)である。これが、論点のすれ違いになっているように感じる。本論では、9月入学ではなく、8月卒業(これも実は8月でなくて少し前後してもよいように思う=「年度替わり後ろ倒し策」)のメリットデメリットについて、前述の9月入学のデメリットに対応させて論じてみたいと思う。

4 「年度替わり後ろ倒し策」から考える、9月入学のデメリットに対する対処法


(1) Ⓐ 「子どもの学び疎か問題」に対して
 このまま3月卒業にすると、学びの質がバラバラのまま、次の年度に進んでしまい、学力格差が生まれるということは想像できると思う。一方で、空白期間ができるのはよくないこともよくわかる。空白期間の子ども学力やこころのケアがなされないことがあってはならない。「年度替わり後ろ倒し策」こう言った問題にうまく対処できるように思う。今年度は期間を長くし、ゆとりをもって学習に取り組ませることで、確実に学力を定着させること(①「子どもの学力の保障」)ができる。そして、いまいる子どもたちに関わりながら少しずつオンライン化をし、(②「子どものこころのケア」)ができるようにしていく。3月卒業でオンライン化をしようとすると、教職員の負担はかなり増え、かつ、環境が整備されるまではアナログな教材づくりを余儀なくされ、子どもの学習進度も気にし、ますます混乱状態に陥ることが予想される。その結果、子どもに十分な支援が行き届かないことが容易に想像できる(オンラインに対応することにとても負担を感じる教員は、おそらく現場の感覚でいうと相当多いと感じる。7-8割くらい?)

(2) Ⓑ 「教員ブラック化問題」に対して
 前述したとおり、3月卒業のほうがはるかにスケジュール的な難しさがあるように、現場レベルとしては感じる。オンライン化をするには、それなりの時間がかかる。そのための準備期間が必要だ。現状、オンライン化が進んでいない学校では、1学期分のプリントづくりに余念がない。すると、オンラインに移行するための準備に時間を割けない。よって、このままのカリキュラムで学びを続ければ、オンライン移行は進まない。「年度替わり後ろ倒し策」によって全期間の一日当たりの学習時間を減らし、教師も子どもの負担を軽減することで、オンライン環境を整えるための時間的余裕をつくり、オンライン移行の準備を行いやすくすることができる。また、在宅勤務中の教師にできることは少なく、何をしようか迷っている教師も多くいるはずだ(すでにICTが整っていて、授業配信、課題設定、添削、朝の会などをしている学校の職員は非常に忙しいと思うが、こういった学校はすでに進めやすいように思う)。そういったリソースを活用し、オンライン化の手だてを研究してく方法もある。

(3) Ⓒ 「コロナ収束しないかも問題」に対して
コロナが収束しなかったらそれこそ3学期までに(①「子どもの学力の保障」)(②「子どものこころのケア」)をすることは難しい。それは、たとえオンラインを使っても。ただでさえ、学習指導要領改訂により時間数が増えている中で、オンラインで通常通りの学びを保証するという考え自体に無理があるように感じる。「年度替わり後ろ倒し策」は、こういった問題にも応えてくれる。オンライン環境はもちろん整備していくとして、子どもがゆっくりじっくり学習する機会を作ることにつながるし、教職員もオンライン環境に慣れていくためのゆとりが生まれる。収束しない可能性があるあらこそ、「年度替わり後ろ倒し策」でゆとりを生むことも視野に入れる必要もある。

(4) Ⓓ「学年分断問題」 Ⓔ「指導要領変更問題」 Ⓕ「役所的システム変更問題」への対処
こちらは、純粋に避けることのできない問題である。Ⓓ「学年分断問題」は、いきなり数か月分の生まれ月(主に次々年度に入学するはずの4月から8月までと想定される)児童がどちらの学年になるのかというとても難しい課題を生む。考えられる施策としては、数年間掛けて1か月ずつくらいずらし、入学させるような、暫定的な制度設計が必要になるであろう。また、Ⓔについても同様で、本来の学齢に見合った学習内容(のはず)を学習指導要領や教育課程が定めているのであれば、前提的にずらしていく可能性も必要だ(Ⓓと不可分の問題)。そして、Ⓕに関しては、私は計り知れない。おそらく膨大なリソースが必要なのではないかということまでしか想定できない。(一方でここからは完全に想像レベルの話だが、各自治体で臨時採用している職員がいたり、窓口業務を担っていて、今は在宅になっていたりする職員がいるような感じはあるので、こういった方々にご協力いただき、何とかできないかなあと感じています。)

5 施策を実行するために自治体や教育委員会、管理職がすべきこと


(1)オンライン化のための予算と法的問題・議会とのかかわり
 今後補正予算が組まれると思うが、学校の予算を大幅に増やすとともに、柔軟に使える(例えば家庭を支援するための予算や教員が自己研鑽するために使う予算など)ようにしたい。
(2)人的リソースのマネージメント
 現状、多くの教員が何をしてよいか手をこまねいているのが現状である。また、役所も窓口を閉めている現状から一部の職員の人的リソースは余っていると考えられる。これらの職員をほかの部署に一時的に異動させて(あるいは新たなプロジェクトチームを作って)いくようなマネージメントが行う。(ここまでは、トップダウンで迅速に行いたい)

6 学校現場ですべきこと


 (1)子どものこころのケア
とにかく顔を見て話ができる環境を整備する。できれば、オンラインで各クラスが全員の顔をみて話ができる環境を整備したい。そのために、①子どもが使える学習用端末を整備 ②オンライン環境を整備 ③オンライン会議のできるアプリの整備 が必要である。各家庭に早急にアンケート調査し、環境が整備されていない家庭を把握し、必要分を行政・学校で整備し、無償で貸与する。学習以外の相談でも、いつでも教師と繋がれる環境をつくるためのオンライン環境を整備することが大切である。
(2)子どもの学習支援
Eテレを活用する(Eテレサブチャンネル・NHK for school)。カリキュラムとEテレを照らし合わせ、修正を加えながら、プリントを作り、①Eテレを見る ②配布されたプリントを行う ③わからない部分はオンライン会議アプリを開放し、質問する というサイクルを作る。とにかく③が重要で、多くの職員がアプリで対応できる状況をつくることが大切である(しかも③は在宅でやれる)。できれば地域間の格差を減らすために、学校をまたいで対応することができるようにしたい。また願わくば、クラスルームアプリ等を利用し、課題を提出してもらい、クラウド上で管理できるとよい。また、慣れてくれば、グループ学習をオンライン上で行うことも可能である。
オンライン環境が整うまでは今まで通り学校を開放し、学校で自習できる体制を続ける。地域格差をなくすため、地域を越えて空いている教員につながるようにする。
(3)教師への端末配布
 全教師へ、業務用に使用できる端末を配布する。専用の端末を使い、在宅でも教材づくり、授業や評価などを行えるよう、自治体や教育委員会が許可する。
(4)教師の研修
 アプリを使った支援方法をとりあえずマニュアル化する。一定のやり方がこなせるように専門の講師を雇い、オンライン会議アプリ経由で一気に研修を行う。
(5)教師同士の連携
 在宅勤務中の職員同士が連絡を取りやすいように連絡アプリやオンライン会議アプリを活用する。朝礼や打ち合わせではオンライン会議アプリ、それ以外では連絡アプリを使い、在宅での連携を強化する。
(6)専門のチームをつくる
 各教育委員会が協力し、専門のチームを作ることが大切である。端末の用意、使用許可、アプリの導入、使用ルール(ガイドライン)、研修サポート体制の構築など、中央集権的(各自治体内で)に行うチームが必要である。学校業務とICTに詳しい専門家と教職員の共同チームを立ち上げ、一刻も早くオンラインシステムを構築する必要がある。

おわりに


 クライシスコミュニケーションという言葉があるが、この危機的状況においてはコンセンサスを取って対処していく時間的余裕はない。リスクを見積り、教育委員会と行政がイニシアチブをとって方針を定めて実行していくことが大切であると考える(もちろん、民主的なチェックは必要で、ジレンマになりうるが…)。少なくとも、現状、現場レベルでできることはあまりない(何かしようものなら法令に違反するリスクを冒さなければならないこともあるからだ)。もちろん、チャレンジングな試みは現場レベルで行われているが、それは全体の数パーセントにすぎないという事実は重い。