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【SS 助けてください】

 ピンポーン。
「はいはい」
「お荷物のお届けでーす」
「いつもご苦労さま、ありがとう」
 箱を受け取ってドアを閉めようとしたら、配達員がガッ、と靴を挟んできた。
「な、何をする! 強盗か?」
「違います違います、助けてください」
 なんだなんだ。
「亡命希望です」
 亡命? 日本人に見えるけれど、外国の人か。それにしても亡命なら警察や大使館に駆け込まないか。ここは個人のアパートだぞ。
「お願いです、入れてください」
 何年も馴染みの配達員のお兄さんだし、ここはとりあえず人道的見地から入室を許そう。
「まあ、上がってください」
「ありがとうございます、うわーん」
 泣いてるよ。そんなに怖い目に遭ったのか。
「亡命って、どこの国に行きたいんですか。大使館に電話しますよ」
「え」
「お兄さん、どこの国の人なんですか」
「わたしは日本人です」
「え」
 どうも話が通じない。
「本当にありがとうございます。今日から田中さんのために一所懸命働きます」
「僕のために?」
「腹が減っては仕事ができぬ、ごはんください」
 待て待て待て。
「お兄さん、亡命って、どこからどこに?」
「うちからこちらへですよ」
「うち?」
「妻が働きが悪いと私を虐待するんです。帰宅したら命がないかもしれません。田中さんはいい人なので、今日から田中さんの家に亡命します」
「なんだそれは」
 バカバカしいので追い出そうとドアを開けたら、アパートの他の部屋の玄関口からも、
「亡命希望です!」
「助けてください!」
 という切羽詰まった声が聞こえてくる。お向かいの家の門にもいろんなひとが押しかけている。
 振り向くと、配達員はうちのテーブルで嬉しそうに永谷園のお茶漬けのもとで冷やご飯を食べていた。
 まあいいか。
 平和がいちばんだ。

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