#323 「やった感」を出すための仕事は弊害しかない
いかがお過ごしでしょうか。林でございます。
先日、東京でゲストハウスを運営されているジュリーさんとお会いしたのですが、ジュリーさんの記事が共感する話ばかりで、今日はその中の一つをご紹介しつつ、私の意見も述べていきたいと思います。
よければジュリーさん記事の原文↓もご覧いただければと思うのですが、社会のあらゆる場所に張り紙や過剰な注意が多すぎて、正直ダサいと思いませんか?もっと人間力を信じた世界になればいいのに、といった趣旨の話です。
これ、本当にその通りだと思っていて、私の感覚で言葉にすると「まったく相手思考のない」仕事が世の中に溢れています。
仕事を仕掛ける目的の視点が、全て「自分」や「自社」になっている。トラブルが起きたときに「自分たちが」後から非難されないように、「自分たちは」注意していたから悪くないですよ、といえるためだけの仕事が溢れています。
結果、あらゆることが「自分たちは悪くないからね」の「先回り責任回避」のための言い訳のオンパレードになって、結果的に美しくない景観や、ルールばかりで窮屈な仕事のプロセス、社会の生きにくさに繋がっていると感じます。
こういうのがまさに「やった感を出す仕事」なわけですが、やった感を出す仕事って本当に弊害しかありません。
ダサいものを世の中に量産し、それに取り組む人のモチベーションを下げ、ダサいものを見た人のモチベーションまでもを下げている。
「やった感を出す仕事」が少しでも減ることを望みますが、実際問題としてなかなか減らないのも事実。
それは、自分が取り組む仕事が「やった感」を出すための仕事だと認識しながら、そこから抜け出さない方が楽だから続けてしまうパターンと、そもそも自分たちがやってる仕事が「やった感を出す仕事」と認識すらしていないパターンの大きく2つがあると考えています。
両方とも深刻な問題ですが、せめて自分や身の回りの人とは、「やった感を出すための仕事」と極力距離を置きたい。そのためには、まずは何が「やった感を出すための仕事」か認識しておくことが有効です。
4年前に人類学者のデヴィッド・グレーバー氏が提唱した「ブルシット・ジョブ」は、今パラパラと読み直してみても、改めてこの「やった感を出す仕事」についてかなり明快に研究してくれていると感じます。
海外ドラマを見ているとよく聞く「Bullshit !」(=ふざけんな!)という言葉。まさにふざけんな!と感じるどうでもいい仕事の5つのパターンについて、日常でよく見る「やった感を出す仕事」に当てはめてみたいと思います。
皆さんも、ぜひ身の回りにある「やった感を出すための仕事」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
ブルシットジョブの主要5類型
1. 取り巻き
「誰かを偉そうに見せたり、偉そうな気分を味わわせるためだけに存在している仕事」を取り巻きと呼んでいます。
住人がロビーを通るたびに挨拶して、正面玄関の開閉ボタンを押すだけが仕事の、建物のドアマンが一例として紹介されています。
私が「取り巻き」という言葉からまず思いついたのは、いわゆる「御前会議」です。大勢の各部門責任者がトップの元に集められ、一人ずつ報告を求める形の会議です。ゾロゾロと人は多いので、それらしい雰囲気は生まれるものの、本質的な価値を生まない会議。
「御前会議」を本当に価値あるものにするには、「報告を受ける側」のリーダーシップが求められます。報告を受ける側は「多くの情報が入ってきて満足」、「上がってきた報告に対して指示して満足」となりがちですが、本来「報告を受ける責任」があり、それを全うしないとただの取り巻きを作る仕事になってしまいます。
私が尊敬する上司から教わった「報告を受ける責任」については、こちらの記事でまとめてますので、ぜひご覧ください!
2. 脅し屋
「雇用主のために他人を脅したり、欺いたりする要素を持ち、そのこと自体に意味が感じられない仕事」を脅し屋と呼んでいます。
供給が需要を上回っている現代において、無理やり需要を作り出す仕事がこれに該当するとされていて、とても相手のためになるとは思えないものを購入するように誘導する営業などが紹介されています。
知り合いの銀行員から聞いた話で、投資信託を販売するケースもこれに該当します。顧客リストを元に順番に電話をかけていき、積立NISA用の投資信託商品をひたすら営業させられたとのこと。しかし、電話を受けて多額の投資信託を購入する人はあまりいませんし、投資信託販売から得られる手数料も購入金額の数%に過ぎませんから、銀行としての財務諸表の中でもかなり小さな売上高(経常収益)にしかならない。頑張って営業して断られ続けて「何のためにやってるんだろう」という気持ちになってくるのも理解できます。
3. 尻拭い
「組織の中で存在してはならない欠陥を取り除くためだけに存在している仕事」を尻拭いと呼んでいます。
本書では、社外向けの報告書校正の仕事等が紹介されています。
私が身を置くIT業界におけるシステム開発の仕事は割とここを注意する必要があって、正常ルートにおけるプログラム処理の品質を確保するだけならば、そこまで大きな稼動はかからないんです。
では、大きな稼動がかかる部分がどこかと言うと、異常ルートにおけるエラー処理の作り込みです。「こういう入力がされたら」とか「こういうケースでシステムが停止した場合の対処」とか、異常パターンを考慮しはじめると、そもそもエラーが起きうるパターンが沢山あります。また、それぞれに対してシステム側で全て対処すべき、と考える人がいると、膨大なシステムの作り込みが発生します。
だから本当は、システムで対処すべきものと、運用でカバーすべきものを費用対効果の面から冷静に見極めて実装する必要がありますが、何でもかんでもシステムで対処すべき!となった瞬間に「一生使われない可能性がある機能」の実装のために、多くの人の貴重な時間がそこに溶かされていきます。
4. 書類穴埋め人
「組織が実際にやっていないことを、やっていると主張するために存在している仕事」を書類穴埋め人と呼んでいます。
PCの中にデータとして保存されている情報をあえて印刷して紙出しして、バインダーに綴じるだけの仕事が紹介されています。
内部統制自体は重要な営みですが、「統制のための統制」とも言える過度な統制もこれに該当すると考えています。
何かが起こるたびにチェックリストや紛らわしいルールだけが追加され、本質的な目的達成につながっていないと感じられる業務プロセス。ルールを作っている人も「やった感を出すため」に作っているだけなので、実効性の検証もまともにしません。そんなプロセスだから、当然やる側も形式的にしかならず、やることだけが増えていくという誰も幸せにならないパターンです。
保護者に「やってる感」を感じてもらうために、塾の宿題をあえてプリントで配るとか、そういう話もこれに該当しそうです。
5. タスクマスター
「他人に仕事を割り当てるためだけに存在し、ブルシットジョブを作り出す仕事」をタスクマスターと呼んでいます。
自分の監督がなくとも仕事が回せる組織における中間管理職の例が紹介されています。管理職ができることと言えば、職場を見回ったりすることで、とにかく暇でヤキモキするため、他者がなすべきブルシットな業務を作り出すという弊害にもなっています。
世の中に、タスクマスター型の経営幹部や管理職が少なくないと感じるのは私だけでしょうか。自分たちで仕事の優先順位を決めて主体的に取り組んでいけるチームにPMO(プロジェクト推進)の役割が不要だと感じるように、現場で考えることができる自律したチームでは、そもそも仕事のアサイン担当が不要です。締切期限に近づいた資料提出のリマインドメールを出す人も不要。締切を過ぎてから督促するなら理解できますが、締切過ぎる前から何回もリマインドする必要は、私はかなり疑問を感じます。
現場管理職がタスクマスターで、思いつきで不要な仕事を作り出されるとメンバーはたまったもんじゃありません。自戒の意味も込めて、私自身も一番気をつけないといけないと思っています。
ロボットや生成AIへの期待
ここまで見てきて感じることは、近年出てきているロボットや生成AIによる自動化は、ブルシットジョブを無くすためにこそ大いに活用すべきということです。
「AIが仕事を奪う」と言われますが、奪われてナンボ、人のやる気を搾取し「死んだ目で仕事をする人」が一人でも減るのであれば、そんな良いことはありません。
もちろん、ブルシットジョブが生まれる原因の一つには、あらゆる業界で「供給が需要を上回った」という側面があるので、完全にゼロにはならないでしょう。
一方で、弊害しかない「やった感を出すための仕事」を機械で代替することで、被害者を減らすことはできます。
「生成AIの活用を!」と言われますが、身の回りのブルシットジョブやダサいことに着目するだけで、そのユースケースは自ずと沢山出てくるのではないでしょうか。