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大村、五月病だったらしいよ



五月病(ごがつびょう)とは、新人社員や大学の新入生や社会人などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称である。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




あれは2、3週間前のことである。

いつものように目を覚まし体を起こそうとした瞬間、倦怠感を感じた。

心配になり体温を測ると、36.7度と平熱であった。

熱がないのであれば気のせいだといつも通りランニングをしたあとトレーニングを行った。

何をするにも気怠さが常にあったが体調が悪化することはなかったので休むことはしなかった。

正直、これ以上休むことなんてできないと半分躍起になっていた。


それから似たような症状が1週間は続いた。

しかし「今日は自発的に行動しよう」と決めた日を境に不思議と体調が良くなっていった。

都合のいいように聞こえるかもしれないが、環境を言い訳に行動が全て受け身になっている自分に気づいた。

それからは環境や体調を気にしすぎないように行動に目を向けるようにして1日にやることを増やした。

すると、考えたり悩む時間が圧倒的に減り体調に関しても神経質になりすぎないようになった。



今思うと、あの時は精神的なストレスが原因だったかもしれない。

体調の変化に気づくまで見えないストレスと戦っていたとは微塵にも思わず充実した日々を送れていると勝手に思い込んでいた。

制限がかかった環境の中で自分の体を極限まで追い込むことは容易なことではないと思う。


そう思ったのはつい昨日のことである。

スペインでロックダウンが始まってから初めて友人と会った。

約3ヶ月ぶりの出来事だったので何もかもが新鮮な感覚であった。


真っ青な空に緑輝く並木道。

中世のヨーロッパの名残を感じる建造物。

買い物袋を持ち歩き楽しそうに街並みを歩く人々。

人が作ってくれたカプチーノ。

潮風を浴びながら食べるピザ。


3ヶ月前まで当たり前のようにしていたことがこんなにも尊く感じることができたのはパンデミックがもたらしてくれたギフトなのかもしれない。

なので必ずしも全てが悪いことばかりとは限らない。

人はネガティブなことばかり目を向けてしまう習性がある。

それは私にも言える事。

でも昨日の自分にそんな面影はなかった。

たくさんの幸せに気づくことができ今を最高に楽しんでいる。

この世に当たり前なんて無いんだと改めて気づくことができた。



私は対人関係なしでは生きられない。

何よりも友人と会い、たくさん話をしたことが楽しかった。

海外暮らしということもあり、そもそも日本語を使う機会が少ないのでたくさん話せてリフレッシュできた。

結局、私は人が好きでその繋がりが自分にあることに幸せを感じる。

私の対人関係はほとんどがサッカーを通じて知り合う事が多い。

これからは能動的に人とのつながりを広げより豊かな人生にしていこう。

まずは身の回りにいる人を大切に。

Hasta luego 👋

07.06.2020 Yuya Omura








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