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【3分読み切り超短編笑説】壮絶な逃亡劇の果てに・・・の巻

 「山岸ー、もう諦めろー。お前はもう完全に包囲されているぞー」

 安藤警部補の野太くて少し裏返った叫び声が山岸亘の背中に聞こえた。覆面1台とパトカー3台はいただろうか。まさか自分がハリウッド映画のカーアクションよろしく、盗んだクルマで対向車線へ飛び出しながら、時には赤信号を無視して国家権力から逃げまわる暴挙に出るとは夢にも思っていなかった。

 場所がどこだかは全く見当もつかない。事の顛末を見届けようとしているのか、夕日がほんのわずかに顔を出していることだけがかろうじて確認できる。ハンドルを切りそこねて電信柱に激突したところでクルマを乗り捨て、なにやら畑らしき農地が広がった視界に向かって、山岸はとにかく無我夢中で走りだした。

 本気で逃げたかったのか、それとも追われるから本能的に逃げているのかは定かではない。

 つい三ヶ月前までは、ごく普通のサラリーマンとして日常を過ごしていたのだ。満員電車に揺られ、残業をこなし、時には苦手だった上司との一杯にも付き合って、出世はせずとも平穏な生活を送れるレールの上を歩いていたはずだった。

 が、旧友の森本健司に偶然出会い、過去のいまわしい体験の真相を知ってからは、それまでなんの疑問もなく流れていた日常の風景が、ガラガラと音を立てて崩れていった。

 森本健司を殺めたのはたしかに俺だ。だがあれは、正当防衛でもある。山岸がここ数ヶ月の出来事を走馬灯のように頭に巡らせながら逃走していると、遠く前方に赤色灯が点滅しているのが目に入った。足が自然に止まり、その瞬間、
「俺は一体何を逃げているのだ。逃げるような悪いことは何もしていないじゃないか」
 と、声に出して言ったか言わないか、山岸はゆっくりとその場にしゃがみこみ、両手で膝を抱え込んだ。後方からは安藤警部補と5、6人はいるであろう制服警官の足音が近づいているのがわかる。

 すべてを諦めてみると、肩の力がすうっと抜け、焦点は足元で風になびいている何本もの麦に合った。これは子供の頃によく見ていた植物図鑑にのっていたライ麦ではないか。もう日本では肥料用でしか栽培されておらず、ほとんどが輸入でまかなわれているというライ麦。これがそうか、そうに違いない。

 「日本で見るのは難しそうだなあ」

 頭に父の声が響いた。小学校の頃、四畳半の子供部屋で、中学のときに病死した父にそう言われた時の風景が鮮明に蘇る。まさかこんなところで遭遇するとは…。
 山岸はそのうちの一本を抜き取り、まるで毛足の長い毛虫のようなかっこうをしたライ麦を眺めながら、自由の身に終わりを告げられるのを待った。

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ーーーーーーー『ライ麦畑で捕まって』おわり


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