氣の呼吸法
〈この記事は2023年5月に、私の教室の会員向けに書いたコラムです。内容はあくまでも私個人の見解です。〉
「氣の呼吸法」
今年の5月は大きな節目となりますね。5月8日、新型コロナウィルス感染症の感染症法上の位置付けが5類感染症に移行します。(結局最後まで「新型」なんですねww)3年の長きにわたったこのパンデミックとも言えない「らしきもの」が、ようやく日本においても終わることとなります。日常生活における自由が様々な形で制限されてきたこの3年間、本当にたくさんの変化や氣づきがありました。失われたものも、特にこども達にとって、とても多くありましたね。様々な行事が中止や規模縮小、人数制限などをされ、普通の環境においてなら体験できたことの多くが失われました。マスク生活や対話の制限は、こども達のコミュニケーション能力にどんな影響を与えているのでしょう?人と接することが心配になったり、人目をはばかることになるという、とってもとってもおかしな文化が醸成されてしまったこの3年間を、我々大人がどうにかして取り戻してあげなければならないと思っています。以前書きましたが、AI時代においても失われない人間ならではの魅力能力と言えるものの一つは、コミュニケーション能力であり、感情を読み取ったり伝えたりする力です。過剰な恐怖心や不安を煽って、いつまでもマスクを外せないような環境は、改めるべきであると感じています。皆さんはいかがでしょうか。
マスクが外せるようになってから、教室で再開したのが「氣の呼吸法」です。本当にこの3年間、教室での稽古においては、全くと言って良いほど行ってこなかった、この「氣の呼吸法」。会員の皆さんの多くは、この3年間の間に入会されていますので、氣の呼吸法を知らない、という異常事態が生じています。このように「異常事態」と言っても過言ではないほど、氣の呼吸法は数ある心身統一合氣道の稽古法の中でも、とても重要性の高いものです。今回はこの「氣の呼吸法」について、その意味などをお伝えする回にしたいと思います。
心身統一合氣道の中で、技以外の部分を稽古するのが「心身統一道」(統一道)です。心身統一、つまり天地自然と一体となることを目指す道、という意味においては、心身統一合氣道も同じこと。その心身統一道における稽古法が、大きく分けて4つあります。一つ目が「氣の不動法」。様々な姿勢や日常の起居動作の中で、不動心の表れである不動体を稽古します。二つ目が「氣の体操法」。こちらは体操する中で、動中の統一、つまり身体を動かしている中でも心身統一を保持できるように稽古します。三つ目、「氣の意志法」。こちらはメディテーションを行い、心身統一を深めたり持続したり、ということを行う稽古法です。そして、四つ目が今回ご説明する「氣の呼吸法」です。
次に、「呼吸」とはどんなものであるのか、いくつか挙げてまいります。
●心の状態の表れ
呼吸には、その人の心の状態が表れています。心静かな状態の時は、呼吸も静かな呼吸になっています。心が荒れている時、例えば怒っている人の呼吸はどうなっているでしょうか?漫画などで表現する時は、鼻息が荒く、肩で息をしていて、呼吸の音がフーッ!フーッ!とよく聞こえてくるように描かれますよね。同じように、悲しんでいる時には悲しんでいる呼吸、喜んでいる時には喜んでいる呼吸というのがあり、演劇などで俳優さんが演技をする時は、その感情の「呼吸」をすることが、感情を表現する上で必要なのだそうです。呼吸と心、呼吸と感情は繋がっているもの、ということがよくわかりますね。
●自律神経の作用
この「呼吸」というものは、生命を維持するために、我々が欠かすことの出来ないものの一つです。人間の身体において、こうした不可欠なものは、我々の意志とは関係なく、自動的に実行されるようになっています。自律神経によってコントロールされているわけです。呼吸以外にも、例えば心臓の働きや、他の様々な内臓の働きも含め、ほとんどのことは自律神経の作用により、無意識のうちに自然に活動しています。
ですが、他の内臓などの働きと大きく異なることは、「呼吸」に関しては、我々自身の意識によって、コントロールすることが可能である、ということです。心臓を止めようと思っても止まりません。しばらくトイレがないから、腸が活動するのをしばらく休止しよう、なんてことも出来ません。しかし呼吸に関しては、ある程度自分の意志でコントロール出来ます。
心の状態の表れ、であるところの「呼吸」を、自分の意志でコントロールすることができる。ということはつまり、「心の状態を自分自身でコントロールすることができる」ということになります。とてもわかりやすい例で言えば、緊張をほぐすために深呼吸をする、なんていうことがありますよね。あれがまさに、呼吸によって心の状態をコントロールしている、一つの事例です。
●呼吸の意味
呼吸が身体に及ぼしているものとして、「吸酸除炭作用」というものがあります。つまり、酸素を吸収し、二酸化炭素を排出する、ということです。人間の身体が必要としている酸素は、呼吸によって外界から取り込んでいます。それを体内で細胞内のミトコンドリアの活動によりエネルギーに変換し、不要物として二酸化炭素を吐き出す、これが呼吸ですね。外界と肺の間で行われている呼吸を「外呼吸」と言います。多くの場合、「呼吸」と言えばこの外呼吸のことを示しているだろうと思います。しかし人間の身体では、肺から血液に、体外から取り込んだ酸素を受け渡し、血液が体内の各細胞に運んでいく、という「内呼吸」も行われています。「外呼吸」と「内呼吸」、これを両方合わせて「全身呼吸」と呼んでいます。
氣の呼吸法は、「全身の力を完全にぬく」状態、つまり統一体で行う呼吸法です。力が入っていると、この内呼吸が滞ります。例えば、手をギュッと握って力を入れていると、手に色の白い部分が出来ますよね。そして力を抜いて手を開くと、そこにまた赤みが差してきます。力が入った所では、毛細血管が圧迫されて、血流が滞ります。つまり、内呼吸が十分に行われにくくなるわけですね。「氣の呼吸法は全身呼吸である」というのは、そんな理由からです。
こうした特徴のあるのが「呼吸」。氣の呼吸法は、呼吸を静かにゆっくりと行うことで、心が深く静まっていき、身体面では全身に酸素が運びこまれることで、ポカポカと温かくなってきます。心身両面の健康につながる、というのが私が践して実感しているところです。
心を深く静める時間を持つ、というのは、メディテーション(瞑想)と同じことです。ですから、氣の呼吸法とは、氣の意志法の一部でもあります。メディテーションする時間のことを、私の師匠は「心に栄養を与える時間」と呼んでいます。実践してみると、確かにそんな感じがします。日常生活において我々は、様々な情報を受け取り、それに捉われたり影響を受けたりして、ざわついた心でいることが多くなりがちです。そんな中、深く心を静め、呼吸だけに心を向けている時間というのは、心の疲労回復にもつながっているように思います。
それだけではなく、氣の呼吸法を行うことは、心の静まり方の深さを更新していくこと、習慣化していくことにつながっています。氣の呼吸法をたくさん稽古することで、合氣道が、氣の出方が強くなる、などと言われます。呼吸法によって、日常生活においては経験できないほどに、深く心を静めることが出来ます。それを継続して行う、ということは、自分の心の状態の基準が更新されるということになります。深く静まっていると、少しの乱れにでも氣づくことが出来ます。自分の心の状態だけでなく、人の心の状態も含めてです。より深く静まっている、イコールより強く氣が出ている、ということです。そして、その状態が自分の中で基準となっていきますので、少しでも乱れると、それが氣持ち悪く感じるので、すぐにまた深く静まった状態に戻ろうとします。より深く、より持続的に心を静めることが出来る、ということです。これにより、人間本来の能力・生命力が最高に発揮されるようになるわけです。
教室の稽古においては、出来るだけ毎回、この氣の呼吸法を実践してまいります。会員の皆さんは、やり方を覚え、それだけでなくやることでいかに氣持ち良く、心身両面に良い効果があることかを実感していただき、是非とも毎日ご自宅などで氣の呼吸法を実践してください。少しの時間でも構いません。単に合氣道が強くなる、上手になる、ということにとどまらず、様々な良いことがあるはずです。具体的なやり方や感覚は、教室でお伝えします。高津宮の「氣の教室」でもお伝えいたします。自粛生活から解放された5月、是非是非、教室に足を運んでいただいて、氣の呼吸法を実践いたしましょう!
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