【読了メモ】「冤罪と人類―道徳感情はなぜ人を誤らせるのか」
「冤罪と人類―道徳感情はなぜ人を誤らせるのか」
ハヤカワ・ノンフィクション文庫
管賀江留郎/著
2021年4月28日刊行
「少年犯罪データベース」(http://kangaeru.s59.xrea.com/)を
主宰する管賀江留郎(かんがえるろう)氏の著作。
以前、彼の著作「戦前の少年犯罪」(築地書館)を読んだことが
ありました。
神戸連続児童殺傷事件や西鉄バスジャック事件があった
1997年~2000年代初期、
マスコミは「キレる少年」「心の闇」などと
少年犯罪の凶悪化をセンセーショナルに報じて、
私も漠然と「そうなのかな~」と思っていました。
しかし犯罪統計や当時の新聞などの資料を丁寧に調べた
この本によって、それは誤りであり、
戦前のほうがはるかに、少年による凶悪犯罪が多かった
ことがよく分かりました。
必ず膨大なデータを集めるのが管賀氏の特徴です。
「冤罪と人類―道徳感情はなぜ人を誤らせるのか」は、
「鈍器本」とも称されるほど分厚い。文庫版で約700ページ。
遅読の自分に読破できるか心配でしたが、半年足らずで読めました。
ただし、4分の1ぐらい進んだところで、
あまりの情報の多さと濃さに、
「この本は読破する本ではない。5回くらい繰り返し読んでやっと、
私の脳では把握ができるくらいだ…」と思いました。
実はそれは著者も意図していたようで、
「迷宮」としてつくったとあとがきで書いています。
この本全体で言いたいことをあえて書くと、
「安易にメッセージや物語をくみ取るな」ということ。
どんなに優秀な人物でも誤りを犯すし、善も悪もある。
人間も物事も多面的であるから、できるかぎりのデータを集め、
一つ一つを検証し、アップデートし続けながら、
自分なりに注意深く考察するほかはない、と。
そういうと雲をつかむような感じに聞こえるでしょうか。
タイトルも硬いし、「ちょっと…」と二の足を踏むかもしれない。
でも、遅読の私でもすらすら読めたのだから、読みやすい本です。
話は静岡で起きた「二俣事件」「浜松事件」という冤罪事件を軸に、
事件の周囲の人物、戦前から戦後の警察・司法の関係者やその組織に
ついて踏み込んでいきます。
なのでサスペンスや謎解き感覚で、まずはパラパラと読んでみることを
おすすめしたいです。
今のタイミングで「おっ」と思ったのは、
NHKの連続テレビ小説「虎に翼」の登場人物のモデルに
なった人物が結構出てくること。
海野晋吉(ドランクドラゴン塚地さん演じる雲野先生のモデル)については特に詳しくて、帝人事件(ドラマでは「共亜事件」)の黒幕・平沼騏一郎、たぶん寅子の義理の親戚になる某最高裁長官などなど。
(ネタばれを踏みたくないのでまだ細かく調べていません)
戦前から戦後の司法制度や組織についても詳しく書いてあるので、
司法の歴史に興味がある人には面白いと思います。
私が面白かったのは、1947年まであった内務省の影響力の大きさ。
今はない省庁だからピンとこないんですよね。
戦前と戦後では警察組織が違って、何回か読み直しても
正確につかめているかわからなかったのですが、
要するに国の内務省直轄の警察と、各自治体の県警所属の警察の
2通りが存在して、そのせめぎ合いがあったたようです。
警察という組織の体質を知るためにも、
こういった成り立ちの歴史を知るのは興味深いものです。
プロファイリングや精神鑑定など、
捜査方法の変遷についても知ることができます。
それから、この本を読んでいると、公文書や公的資料は
簡単に破棄していいものではなく、
とにかく保存して、公開されるべきものだとつくづく思います。
冤罪事件は「袴田事件」(これも静岡)や「大河原化工機事件」など、
現在進行形で続いています。
なぜ「自白の強要」や「証拠のでっちあげ」をしてしまうのか。
最終的に「なぜ冤罪が起こってしまうのか」という章では、
サイコパスの研究やアダム・スミス「道徳感情論」の話も登場。
難しそうだなと思いつつ、内容は面白そうなので、
2回目を読む前に「道徳感情論」に挑戦しようかと思いました。
知ることは楽しい。知的好奇心を刺激する一冊です。
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