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#34 表彰式のカメラマンと「撮る文化」について

先日、とある表彰式に参加しました。審査にも少し関わったことがあり、どんな皆さんが表彰されるのか楽しみにしていたのですが、当日朝の掃除に夢中になりすぎて30分遅刻するという失態を犯してしまいました(猛省)。

会場に到着すると、すでに表彰式は佳境に入り、受賞者の皆さんが順番に壇上で表彰されていました。そして最後には、受賞者全員が壇上に上がり、集合写真の撮影タイムがスタート。ここからが本題です。


撮影タイムに動き出す人たち

壇上での記念撮影が始まると、会場の半分以上の人が立ち上がり、前方へと移動しました。おそらく受賞者の関係者や、日頃彼らを支えてきた方々でしょう。
僕は後方に座っていたこともあり、特に撮影には行かず、その場からこの光景を眺めていました。そして、写真を撮る皆さんの様子に注目してみました。

当然のことながら、最もベストなポジションには、公式カメラマンが陣取っています。そして、撮影前にはお決まりのアナウンス。

「今からこちらのカメラで撮りますので、ぜひ笑顔でお願いします!」

こういう真面目な場では、笑顔を引き出すのが難しい。しかも、求められる笑顔の種類も結婚式のような「満面の笑み」ではなく、控えめながらもにこやかなもの。でも、そこにいる人たちの多くは写真を撮ることに夢中です。
実は、この「みんなが撮りに来ること」自体が表彰式において大事な要素なのではないか?と感じました。


「撮ること」が生み出す価値とは?

この光景を見て、思い出したのが 「参加型文化(Participatory Culture)」 という考え方です。
これは、ヘンリー・ジェンキンスという研究者が提唱した概念で、現代のメディア環境では 「ただ受け取るだけでなく、みんなが主体的に関わること」 が価値を生む、というもの。

表彰式においても同じことが言えます。

📸 「みんなが撮ること」= その場が価値のあるものだと認識される
📸 「みんなが撮ること」= 受賞者にとっての承認の形になる
📸 「みんなが撮ること」= その場にいた人にとっての思い出になる

つまり、「公式カメラマンが撮るから十分」という話ではなく、「みんなが撮ることそのもの」が、場の価値を高める要素になっているのです。

これは結婚式と同じです。
新郎新婦の公式写真は当然プロが撮るけれど、参列者がスマホでたくさん写真を撮ることで、 「この瞬間は大事なんだ」「みんなが関わっているんだ」 という実感が生まれる。

表彰式でも、関係者が一斉にカメラを構えることで、「ここにいる人たちは、この受賞者を本当に祝福しているんだ」というメッセージが生まれるのではないでしょうか。


まとめ

公式カメラマンが撮ることよりも、みんなが撮ることに意味がある(参加型文化)
写真を撮る行為が、その場の価値を高める要素になっている
無理に笑顔を作るのではなく、本当に嬉しいと思える瞬間が重要

こう考えると、表彰式でみんながカメラを構えているのも、ただの行動ではなく、「場の価値を生み出す大事な瞬間」なのかもしれない