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社内事情〔44〕~呪縛~

 
 
 
〔里伽子目線〕
 

 
 昨夜の展開から一転、片桐課長が突然くれた指輪は、あまりデコボコしていないシンプルな形で、黄色と紫と赤の石が填め込まれた、やわらかいイエローゴールド。

 ……綺麗。すごく。

 石の深い色とゴールド部分の表面を見ただけで、ものすごく高価なものだと言うことがわかる。正直、普段つけているのが怖い気もするくらいに。

 『……指輪を両方とも……ずっと付けていて欲しかったんだ……だが、好みじゃなければ……』

 だけど、あんなに自信なさげに物を言う課長、めったにお目にかかれない。きっと私が不満気だったら、新たに指輪を買い増したであろう雰囲気。そう、課長のことだから『買い直し』じゃなくて『買い増し』だと思う。

 でもそんな心配はご無用。

 私はすごく気に入った。あまりアクセサリーをつける方じゃないけど、せっかくなんだし、ずっとつけていることに抵抗はない。とは言え、立て爪の指輪は日常生活には向いてないし、あの形自体、私は好みでもないから。

 そう言う意味では、課長は私のことをすごく理解してくれていると思うし、とても似てるところがあるとも思う。

 形にこだわるワケではない、ところとか。

 そんなところが心地いいんだろう。

 課長が私の希望を聞いてくれたところで、私はもうひとつ確認したいことを切り出した。

 「……課長」

 「……ん?」

 私を抱きしめていた腕を緩め、少し身体を離した課長が不思議そうな顔をする。

 「……あの……まだ時期も確定していないのにナンですけど、林部長に退職することを伝えてもいいでしょうか?あまり突然に言うのも……とにかく、遠からずそうなることをお伝えしておきたいと思うんですけど……」

 私の言葉に頷きながら、

 「ああ、そうか。……そうだな。今回の件が片付き次第、ではいつになるのか曖昧だし、後任の準備やらもあるしな。……まあ、突然ではなくても、きみが辞めると言い出したら、林部長の狼狽は半端じゃないだろうが」

 そう言って吹き出すのを堪えてる感満載。

 だけど、すぐに真面目な顔に戻って続けた。

 「……そうなったら、理由を言わない訳にはいかないだろうな。必然的に全て話さなければならなくなるだろう。……そう考えたら……」

 そこまで言って、課長は言葉を切った。

 「……本来ならこんな時に、と言うような話題だが……やはり事が済んでからでは遅すぎるな。話しておかなければ、結局、業務が滞ることになる」

 「……はい……」

 考え込むように黙り込んで数秒。

 「……おれも専務に話しておこうと思う。実際問題、林部長より先に報告しておかなければならないだろうし……」

 言いながら、課長は少し面倒くさそうな顔をした。課長が専務に報告している場面がリアルに浮かび、私は洩れそうになった笑いを咄嗟に堪える。

 小さくため息をついた後、課長は真っ直ぐに私の方を見て、

 「……一緒に……来てくれるか?」

 真面目な顔で訊ねて来た。

 「はい」

 答えながら思う。いったい、専務はどんな顔をするんだろう。

 その件について話し終わり、課長は『流川麗華』と『ロバート・コリンズ(=スタンフィールド)』に関して、私にもう少し詳しい説明をしてくれた。

 流川さんが10年前に社を辞めた原因と理由、寄木先輩との問題、五年前の件……そして、詳しい内容までではないけど、社長と因縁があることまで。

 片桐課長は、私たちが思っている以上に、社長に全幅の信頼を寄せられていることがわかる。専務ですら知らないことを、社長は課長には話されているらしい。

  「……とにかく流川は、社長に対する因縁から五年前の事件まで起こした。一度、社長に赦されていながら、だ。そして社長は二度目も赦した。……が、この結果だ……もちろん、社長を責めたい訳じゃない。社長の気持ちもわからなくはないからな……」

 そう言って課長は黙ってしまった。

 その表情から、葛藤している様子が伝わって来る。社長を慕う気持ち、責めたくない気持ち、だけど、今の現状。

 私にはありきたりのことしか言えない。でも、言うしか選択の余地がない。

 「……過ぎてしまったことは仕方ありません。皆で乗り越えるしか……」

 私は自分の手を課長の手に重ねた。すると課長は、掌を返してそのまま私の手を握りしめ、

 「……そうだな」

 小さく笑い、次いで強い眼差しを私に向ける。

 「……おれには最強の味方がいるからな」

 自信にあふれたいつもの不敵な笑顔。絶対に何者にも負けない、負けたことがない自負がみなぎっていた。

 あぁ、これこそ『片桐課長』だ。『営業課長・片桐 廉』だ。

 私はその力強い目に見惚れていた。目が離せないほどに。

 きっと私は、いつの間にかこの目に惹かれていたんだろう。自分でも気づかないうちに、自覚もないまま。

 課長の手を握り返すと、その手に力強く引き寄せられた。

 「……今度こそ決着をつける……!」

 確信した声に私も頷く。

 その胸に抱かれながら、その腕の力を感じながら、課長が私を守ってくれる以上に、私も課長を守ってみせる、と誓った。

 課長には……この人には、ある種の呪縛が必要だ。
 
 
 
 
 
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