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社内事情〔52〕~秘密3~
〔片桐目線〕
*
業務の合間、北条と色々なことを話すのも習慣になっていた。
北条と話していると、思わぬことに気づくことが多い。それも彼の洞察力や鋭さの証と言える。これはおれにとって本当に心強いものだった。
その話の中で、おれたちはあることに思い当たった。それは、流川たちの狙いが、ただ式見を潰そうとしている、だけではないのではないか、と言うこと。おれはそこでも、北条のひと言で突然、頭に中に何かが弾けたのを感じた。
(……まさか……!)
おれは北条にその場を任せ、専務のところへ向かった。もし、おれが考えていることが間違っていないとしたら?先手を打っておかなければならない。一刻も早く、流川たちが動く前に。
専務室の扉を叩くと、外出してしまっているのか返事がない。
「……こんな時に……」
思わず舌打ち。とにかく大橋に電話をかけてみる。
『大橋です』
大橋の応答は早かった。おれからの電話なので緊急と受け取ったのかも知れない。
「片桐だ。すまない。今、専務はどちらにいらっしゃる?」
『今、社長室で……社長と打ち合わせ中でいらっしゃいます』
しめた!それこそ好都合だった。本当は専務を介して、社長にも同席してもらおうと考えていたのだから。
「すまない。今から横入りさせてもらっていいか伺ってくれないか?」
そこまで言うおれに何かを感じたのであろう大橋が、一瞬、息を止めたのがわかる。
『……少しお待ちください』
手で受話口を押さえる音がし、遠くで何か話している声。
『お待ちしております』
「……すぐに伺う」
一切の無駄を省いた大橋の返事を聞き、おれは電話を切って社長室へと急いだ。
社長室をノックすると、返事が聞こえる前に中から扉が開いた。大橋が扉の前で待ち受けていたらしい。
「失礼します」
奥へ足を進めると、社長と専務が真剣な面持ちで座っている。専務に手で促され、おれは社長の向かい側の席に腰を下ろした。大橋は専務の近くに控えるように座り、手帳とタブレットを膝の上に乗せる。
「さてさて、片桐くんにしては珍しいね~。何かあったかな?」
いつも通り、専務の緩い言葉から始まった。だが、目が笑っていない。専務がこの目を見せることは、それこそ滅多にない。
「……お察しのこととは思いますが、昨今のR&Sの件について少し思い当たり、ご相談したいことがあります。……いえ、外れていて欲しいと言うのが正直なところなのですが」
「……ほ……でも、まあ、他ならぬ片桐くんの勘だからねぇ~。聞きたくない気はビンビンするけど聞くしかないよねぇ~」
専務特有の肯定の仕方。専務はおれに「一任する」と約束して違えたことは一度もない。五年前のあの日から。どんなことがあろうと、どんなに難しいと判断したことであろうと、必ずおれの意見と遣り方を肯定し続けてくれている。
おれは社長の方へと視線を向けた。社長の目が、一瞬、瞬きを止めておれの目を捉える。
「……社長。自分はこれから社長に、非常に言いにくいことを申し上げます。社長がご不快に感じるであろうことは承知の上です。どうかご容赦ください」
おれの目を真っ直ぐに見つめていた社長は、目を伏せて首を左右に振った。それを見て、おれは直感した。社長は、おれがこれから言おうとしていることに気づいている、と。
「社長に許可を戴きたいのですが、今、申し上げたように、これから社長にとって失礼に当たるかも知れないことを話すつもりです。それで……」
そこまで言った時、社長が手でおれの言葉を制した。
「……片桐くん、構わん。今、ここで、話してくれたまえ」
やはり、社長は薄々気づいている。おれがこれから言おうとしていること、やろうとしていることを。
「……ありがとうございます」
専務と大橋がひと言も発さず、社長とのやり取りを聞いている中、おれは意を決した。
「……社長……三日後の、我が社が恒例PRとして行なっているインタビュー……毎年、社長にも抱負や現状など話して戴いてるものですが……」
「……ああ、生で放送する分と業界紙に掲載しているものだな」
「そうです。そこで……」
おれは一度言葉を飲み込む。さすがにおれでも言いづらい。
「……話せ、と言うのだな?流川くんにあのことを」
言い淀んでいるおれに、社長は直球で言い当てた。思わず息を飲んで社長の顔を凝視する。専務と大橋も同じように息を詰めた気配。その場の空気の流れが、全て停滞したような瞬間。
「きみはそれが最善の策だと考えているんだな?」
おれは俯いた。強く目を瞑り、唇を噛む。
「……はい」
返事をし、おれは顔を上げて再び社長の顔を見つめた。社長の目には、怒りも、悲しみも、失望も、何もなく、いつも通りの、穏やかで強い光だけが佇んでいる。初めて会った時と同じように。
「ここ数日でこちらに取り込んだ取り引き先は、R&Sへの反発があるにしてもかなりの数になります。……にも関わらず、流川たちには一向に焦る様子がありません。もちろん、最初はハッタリだと思っていましたが、ここに来て、未だに強気な態度を崩しません」
社長が小さく頷く。
「北条とおれは、流川には他に何か狙いがあるのではないか、と考えました。そして、行き着いた結果は……」
「私との過去の因縁か……」
社長の目が翳りを帯びた。こちらの胸が痛むほどに。だが、言わなければならない。
「……はい。我が社を超すことや、ただ潰すことが目的ではなく、評判を地に落とし、周りとの関係をもズタズタにするのが狙いなら、新しい取り引き先との関係を結べば結ぶほど効果が上がります。こちらを煽っていたのは、むしろ完膚なきまでにこちらを潰すためで、向こうにとってはその方が好都合……つまり、社長の話をリークするタイミングを計っているのだ、と」
珍しく大橋が動揺しているのが見て取れる。だが、専務は眉ひとつ動かさずに社長の顔を見つめていた。この人は、普段の様子からは想像もつかないほどに『専務』なのだと、つくづく思わされる瞬間。
「社長、全てを……全てを教えてやって欲しいんです。言いにくいことは百も承知です。それでも、何よりも……流川自身のために」
じっと考え込む社長を固唾を飲んで見つめ、全員が採決を待つ。
「……社長、どうします?原稿を作り直しますか?」
重苦しい沈黙の中、最初に口を開いたのは専務だった。社長に進む方向を問う。
社長が専務に視線を向け、ふたりは見つめ合った。このふたりは、紛れもなく同じ血を持つ親子なのだ、と感じさせられる。
「……ぼくは片桐くんの意見に賛成です。向こうに都合のいいように暴露されるくらいなら、正確な情報をこちらから……先手を打つべきだと思います。どうせ受けなくてはならないダメージなら、それを最小限に抑える責任がぼくらにはあります。……ぼくたちは既に二回、決断を誤っているのですから」
専務の言葉に社長は静かに頷いた。そして、おれに向けた目には、既に迷いはなかった。
「……藤堂くんに原稿を作り直すことを伝えてくれたまえ。構成自体を変える、と。それは片桐くんと藤堂くんに任せる。原稿は出来るだけ早く作成し、出来次第、すぐに送る。……大橋くん、頼む」
「……はい……!」
社長は数年前、実務の大半を専務に引き渡してから選任の秘書を持たなくなった。恐らく、遠からず専務に社長の座を譲るつもり、での配慮だったのだろう。
何故、その時に譲らなかったのか……その理由も、今にして思えば、流川のことに起因しているに違いない。後顧の憂いを断ち切りたかったのだ。自分の代で。
「自分は藤堂と打ち合わせに入ります」
立ち上がりながら言うおれに、社長と専務が頷く。
「片桐課長。藤堂くんには連絡を入れておきます」
さすがの大橋。素早い対応だ。
「頼む。企画室のミーティングルームを使わせてもらう」
おれは北条を連れに一旦戻り、藤堂のところに向かった。
不在の間に流川から電話が入ったらしいが、北条が見事にあしらってくれたようで顔がほくそ笑む。本当に頼もしい限りだ。
これが流川にとってはとどめになるはずだと、おれは確信している。それほどに、あいつの社長に対する念は深い。
だが、今回、社長が全てを告白してくれることで、流川が今まで知らなかったこと、誤解していたことも全て明らかになるはずだ。
三日後に向け、おれたちは走り出した。
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